ステップファミリー 呼び名はどうする?
ステップファミリーは悩みも複雑で、早く子どもと良い関係性を築きたい、と気持ちが焦るばかりでうまくいかないことも多いです。
中でも一番初めに迷うのが、お互いをどう呼び合うか?ということではないでしょうか。
かつての私もそのことで迷い、悩みました。
約30年前に私は、思春期を迎えようとしている男の子を連れた夫と結婚しました。
結婚初日から、継子に対してどうしたら良いのかわからないことだらけで、継子をどう呼ぶか?ということは、関わろうとすればするほど気を遣う悩みでした。
そしてもちろん、継母である私を継子にどう呼んでもらったら良いのかも、分からなかったのです。
なんて呼ぶ?しっくり来ない呼び名
歳が私と一回りほどしか変わらなかったので、結婚する前は「お姉ちゃん」と呼ぶように夫が息子に言っていました。
頻繁には「お姉ちゃん」と呼んでもらえませんでしたが、私はそのままで良いと思っていました。
ですが、近所から毎日訪れる義母はそれが気に入らなかった様子で、「ちゃんとお母さんと呼ばせなさい。」と言うのです。
もう小さな子でない継子に「私をお母さんと呼んでね」と言う気になれなかったのは、何やら不自然に思えたからです。
それよりも継子をどう呼ぶか?が決められず、彼に呼びかけようとする度に、ためらっていたのを覚えています。
その頃の私は継子の名前を呼び捨てすることに、どうしても抵抗があったのです。
積極的に話しかけようとすれば、必然的に名前を呼ぶことになります。
どう呼べば自然に聞こえるだろうか?
「〇〇ちゃん」「〇〇どん」「〇〇っち」など、継子のお友達が、彼をどう呼んでいるのかを聞いて真似てみたりもしましたが、どれもしっくりきませんでした。
「ぼくの本当のお母さんは死んだからね」
母親として何をすれば良いのか?わからないことだらけでしたが、待ったなしでやってくる毎日をこなしていくしかありません。
どうにかして早く継子と良い関係性を築きたいと私は焦り、毎日必死でした。
「母はこうでなければならない。」
「こんな時は母はこう言わねば。」
そんなふうに、「〜ねばならない。」という観念に縛られ、継子が楽しく過ごせているか?ということに過剰に責任を感じていました。
常に「母は笑顔でいなければならない。」と、気負って日々を過ごしていたある日の夕方、学校から帰ってきた継子と台所で話していた時のこと。
会話の中で「ぼくの本当のお母さんは死んだからね。」と笑顔で言われたのです。
話の前後は全く覚えていないのですが、何気ない普段の会話の中での言葉でした。
私はどう返事をすればよいのかわからず、狼狽したことは今でもよく覚えています。
3歳で母を亡くし、そのお葬式では1日中泣き通したと聞いている継子は、達観した一面を持っていましたから、「そんなにお母さん役を頑張らなくて良いよ。」という、私へのメッセージだったのかもしれません。
どんなに頑張っても本当のおかあさんにはなれないのだ、とその時教えられたような気がしました。
それは、まだ結婚して1年ほど経ったころの出来事だったでしょうか…。
もちろん、継子をどう呼べば良いのかとまだ迷っていた時期でした。
その後、本格的に思春期を迎えた継子…長男である息子と暮らす中で、私は様々な深い悩みを持つことになります。
弟たちが生まれ、またまた呼び名はどうする?
本格的な思春期を迎えた息子に、新しく生まれたふたりの弟たちが加わり、私はさらに呼び名について迷いました。
長男と一回り以上も歳の離れた弟たちと彼の関係性をどう作っていくかと言うことは、他の何よりも重要なことに思えたのです。
私自身もまだ長男の呼び名が安定していませんでしたが、弟たちが片言の言葉を覚え始めた頃、長男、次男、三男ともにお互いに名前で呼び合うように教えました。
長男はまだ発音もままならない次男、三男から呼び捨てで名前を呼ばれることになり、どう感じたのかはわかりません。
男3人兄弟が過ごす中で「お兄ちゃん」という言葉が聞かれないことに、義母はまゆをしかめましたが、私は気にしないことにしました。
こうして、私が長男をどう呼べば良いのかまだ迷いのある中で、兄弟3人はすんなり名前で呼び合う関係性になっていきました。
呼び名は後からついてくる
詳しくはここでは書きませんが、その後10年ほど不安定な時期を過ごした継子のことで、私はかなり深く悩みました。
どうしたら良いのかわからない長い月日の中で、私の「〜ねばならない」という観念は薄らいでいったのかもしれません。
良い母親ぶっている余裕も無かったのです。
継母としてではなく、ただ一人の人間として、「長男がどうすれば本来の明るさを取り戻してくれるのか?」と必死でした。
苦しい毎日の中でいろいろな出来事があり、長い長い時間を経てようやく長男と私の関係性が出来たように思えます。
辛い日々から抜け出した頃、気づけばすっかりなんの違和感もなく、私は長男を呼び捨てで呼んでいたのです。
そして、いつからなのか記憶にないのですが長男は私を「お姉ちゃん」ではなく、「△△さん」と名前で呼ぶようになっていました。
彼も私をどう呼べばしっくりくるのか、長い間迷っていたのかもしれません。
今ではすっかり3人とも成人した息子たちは、変わらずお互いを名前を呼び捨てで呼び合い、とても仲良しです。
呼び名の影響なのか分かりませんが、私も含め息子たち3人は親兄弟というよりは「仲間」という意識の方が強いです。
初めに呼び名をどうするかで悩んだ私でしたが、結局のところ気長にたくさんの時間を共に過ごすことでしか育めないものがあるのだなあと、今になり感じています。
もしも、長男である継子が不安定な時期を迎えずに大人になっていたら、それはそれで良かったのでしょうが、私との関係性は今ほど深くならなかったのかもしれません。
もしかしたら今だにモヤモヤしながら、お互いに名前を呼び合っていたかもしれません。
そう考え長い目で見ると、呼び名は大した問題ではありませんから、無理なく口にできる呼び方が一番です。
「お兄ちゃん」や「お姉ちゃん」で違和感がないならそれで良いと思いますし、継子さんが小さいなら「お母さん」と呼んでもらっても全然良いと思います。
ここにきて正直な気持ちをいうと、結婚当初は自分と血の繋がらない子と、母として深い信頼関係を築くのは難しいだろう…と心の底では思っていました。
私は「母親にならなくては。」と気負い過ぎていたのです。
継子が諭してくれたように、どうしたって本当のお母さんにはなれないのです。
それでも長い年月を一緒に悩み、苦しみ…ネガティブなことを共に乗り越えることで、生まれてくる愛情があるのだと、私はこの結婚で知りました。
無我夢中に毎日を暮らし、お互いの関係性ができたころ、自然にしっくりくる呼び名になっていることでしょう。
もし、当時の悩みに溢れる自分に会えるとしたら、「そんなに気負って母親にならなくても良いのよ。」と肩をたたいてあげたい…。
そんなこんなで、もうすぐ孫が生まれる私は、「孫になんて呼んでもらおうか?」と思ったりしています。
可愛い声で呼ばれたら、「おばあちゃん」も悪くないのかも。笑
孫に任せましょうか。笑
ステップファミリーとしてスタートし、重度のため込み症の夫と長年暮らす中で、私は深く悩み続けました。その全体像はこちらのまとめ記事をご覧ください。↓








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