人との適度な距離感
人との距離感をどうとるか?ということは、歳を重ねても難しいなと感じることがあります。
不快な出来事の多くは「人との距離感」に関係しているように思えるからです。
今回は人との距離感について改めて考えてみたいと思います。
突然距離を詰めてくる人が苦手
どんな時に人に対して不快感を覚えるのか?と考えると、私の場合はプライベートなことにいきなり踏み込まれた時です。
先日はこんなことがありました。
少し前に離婚をして引っ越したのですが、そのために職場への行き帰りの道が今までと反対方向になったのです。
私は他の人がどちらの方向に帰るなど、気にも留めていませんでしたが、よく見ている人はいるものですね。
「この頃帰る方向が違うけど、なぜなの?」と二人ほどに聞かれました。
二人とも挨拶する程度の距離感の方だったので、プライベートなことに急に突っ込まれた気がして不快な気持ちになってしまいました。
普段から会話のある方ならまだ、不快感は少なかったのかもしれません。
別に離婚したことを隠すわけではありませんが、親しくもない人にいちいち説明するのが面倒ですし、適当な理由をつけて誤魔化してしまいました。
こんなふうに、予想もしない人から、いきなり家庭内のことなどについて聞かれたりすると、ギョッとしてしまいます。
私が構えすぎなのでしょうか?
「あなたは結婚していますか?」、「子どもさんは何人いるのですか?」とか。
まるで「今日はいいお天気ですね。」というノリでそんな質問をされると、「次に何を聞かれるかわからない。」と身構えてしまい、私は話を逸らすかその人との会話を切り上げてしまいます。
もちろん、その前にやりとりがあって、この人ならもう少し深く話してもいいなと思う相手なら話は別です。
突然に距離を詰めてくる人がとても苦手なのです。
まあ、相手はそんなつもりはないのでしょうけれど。
人との距離がとても遠い私
プライベートなことは話したくないという気持ちが、私は人一倍強いのかもしれません。
職場では仲間たちが集まって話をしていることがありますが、話の内容がプライベートなものになると、私は加わらないようにしています。
中にはご主人やお子さんにまつわるエピソードをよく話す方がいて、その方を中心に話が盛り上がりますが、にこにこ笑って聞いているかその場をそっと離れます。
仲間達もそんな私の気持ちを察してくれているのか、無理に会話に引き込もうとはしません。
そんな仲間達のことが私は好きなのです。でも深入りはしたくないというのが正直なところです。
相手を好きでいられる距離感を保っていることが、私にとっては心地よいのです。
「好きでいたいから深入りしない」と言う方が、近いかもしれません。
もう少しフランクに、いろいろ踏み込んで話ができた方が良いのかしら?
そう思ったりしますが、それは私にとってストレスなのでできそうもありません。
もともとそういう性格だったのか、深い悩みを長い間抱えてきたからそうなったのかは分かりませんが、人との距離を大きくとっていることは自覚しています。
大切な相手との関係を維持するための適度な「距離感」
よほど「この人なら」と思わないと、私は心の扉を開けることができないのです。
誰とでも人見知りもなく話せる私ですが、親密な関係になることにはとても慎重なのです。
人と話をすること自体はどちらかというと好きなので、急に距離を詰めてしまわないように、会話の内容にはいつも気を遣っています。
もしかしたら周囲の人からは「近寄り難い人」と思われているのかもしれません。
けれども私はそれで良いのです。
親密な人も、そうでない人も、これから長く付き合うのであれば「大切な人」として良好な関係を築きたい。
相手を大切に思うが故に距離をとるのです。
人との適度な距離感を保つということは、自分を不快にさせないための防衛本能だと思います。
好きな人、これからも大切に付き合っていきたい人との関係を守るためには、適度な「距離感」が必要なのです。
いくら親しい知り合いだからといって、距離を詰めていいということではありません。むしろ、親しい相手こそお互いの距離は意識したほうが良いのかもしれません。
この距離感を誤って踏み込んだ発言をしてしまうと、相手を傷つけたり関係が危うくなってしまいます。
距離感の近い人、遠い人、人によって適度な距離感は違いますが、自分の持っている感覚と似通っている人同士なら、ストレスも少なく付き合っていけるのかもしれないですね。

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