黒電話の頃が懐かしい
若い方は「黒電話」と言ってもご存知ないでしょうね。
今ではもう姿を見る事がなくなりましたが、2000年前後までは黒電話を使用している家もあり、台所の隅や、廊下でひっそり、電話台の上に置かれていました。
真っ黒で埃が目立つので、可愛いカバーをかけられているのもよく見ましたね。
今思い出せばそれは、なかなか愛嬌のある姿でした。笑
一家に一台しか電話がないために、誰かが使っていると順番を待たなければいけませんでしたし、電話の相手が誰かということを家族に隠すのもなかなかムズカシイ。
思春期のころなんてイヤでしたね…相手が誰か家族にバレバレで。笑
家族の誰がどんな友達と交流しているのか?誰と繋がっているのかということも、自然に把握しあっていました。
今では個人で繋がっていますから、家族ですらその交流関係は分かり辛いものになりました。
大人はともかく、今子どもを育てている方々は、お子さんがスマホを通じてどんな人や世界と繋がっているのか把握しにくく、不安な面もたくさんあるのではないでしょうか。
直接会って話すか、家の中にあるこの黒電話を使うか、外の公衆電話まで走るか、手紙を出すか…という手段で人とのコミュニケーションをとっていた頃は、面倒ではありましたが隠しようのないシンプルさがありました。
人との関わり方もホンワリ温かかったとでも言いますか、優しかったと感じます。
今は通話よりも文字や絵文字、スタンプなどを使って、目から入る情報でやりとりをすることの方が多くなっています。
私個人の感覚としては相手の顔も見えず、声色から察することもできず、画面上の文字からのみ得られる相手の情報から、感情を読み取る事がどうも苦手なのです。
この文で相手が勘違いしたり傷ついたりしないだろうか、失礼に当たらないだろうか…ととても考えてしまいます。
逆に相手の文面からも真意を汲み取らねばならず「ん??どういう意味だろ」と首を傾げてしまうこともあります。
ですのでなるべく会う機会のある方には、直接顔を見ながら伝えるようにしていますし、文字で伝えるのは要件が中心になっています。
緊急の時は本当に助かりますが、24時間たくさんの人と繋がっていることもちょっと煩わしいと感じてしまう。
その点黒電話は、呼び出し音の音量調節ができず夜中であろうと遠慮なく大音量で鳴りますので、暗黙の了解で夜遅い時間は連絡は控えたものです。
人とのやりとりが夜の間は「休み時間」になるので、余計なあれこれを考えずに済んだ気がします。
誰かと気まずくなったり喧嘩したとしても、夜は休戦しますから冷静になることもできましたしね。
居留守もバンバン使える黒電話。笑
こう考えると黒電話が台に鎮座していた頃は、やっぱり人とのコミュニケーションものんびりしていたなあと感じます。
「電話以外の用事はできません」という存在感のあった黒電話。
ジーコ…ジーコって、回すのもまどろっこしいダイヤルの音も今は懐かしいな。

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