ためこみ症

逃げない選択|ためこみ症の夫とこれからの私

ためこみ症
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逃げない選択

下の写真は我が家のリビングいっぱいにあふれる大量のモノの様子です。

床の見えるところは限られていて深さ20センチ以上はあると思いますからほとんどが何もできないスペースになってしまっています。

家族を悩ませ続ける溢れるためこみ症の夫のモノ

ためこみ症の夫のモノが溢れる家は家族を悩ませ続ける

夫の集めた不要なモノが玄関から3階の寝室に至るまで溢れかえっているのですから本人以外の深刻な悩みとなっています。

ためこみ症によって集める対象はその人によって様々なようですが夫の場合はいろいろな「モノ」がそれに当たります。

約25年にわたる結婚生活はため込まれたモノとの闘いでもありましたが、感情を理解することの難しい夫と精神的な何かを育むことが全くできない日々でした。

長年ここで暮らす私の心の中はこれまでも現在も常に複雑です。

私はなぜ逃げない選択をしてきたのか。これからどのように生きていくつもりなのか。改めて自分を振り返り気持ちを整理したいと思います。

片付ける事が「課題」に

結婚した時にはすでに重度のためこみ症だった夫ですが当時そのような病気は知られておらず、まさか病気だとは思いませんでした。

夫は離婚歴があり私と再婚するまでの間10年ほど一人で暮らしていたのですが家の中はびっくりするほどのモノが溢れかえっていました。

片付けが苦手な人だとこんな事になるのかと驚きながらも私が片付ければ済む話だと簡単に考えていたのでした。

「これは異常だ」と感じ始めたのは結婚して1年ほど経った頃でしょうか。

けれどもまだ病気という認識はありませんから、なるべく良い関係を保ちながら説得すればいつか片付ける事ができるだろうと思ったのです。

家の建て替えも表向きには違う理由にしながらもためこまれたモノと決別するために私から提案し踏み切ったのでした。

そんな決断をしたにも関わらず新しい家もすぐに同じ状態になってしまい「片付けばければ、何とかしなければ」ということがいつしか私の中で生活の課題のようなものになっていたと思います。

生真面目な私は課題をこなすべく毎日努力を惜しみませんでしたがその作業はちっとも捗らず、得体の知れない不気味な何かを感じ取っていました。

それは後になってわかった「ためこみ症」という夫の精神の病気でした。

「離婚」の選択肢

そんな私にも離婚を真剣に考え悩んだ時期がありました。それは結婚して4年ほど経った頃でしょうか。

その頃私を一番に悩ませていたのはため込まれたモノではなく夫が私の気持ちを全く理解できない事でした。

何とかして良い関係を保たなければと思うのですがうまくいきません。

結婚というものはそれまで他人同士で生きてきた二人が一緒に暮らす事ですからそこにはすり合わせというか歩み寄りが不可欠だと思います。

相手の気持ちを言葉や表情から汲み取ったり時には喧嘩をしながらお互いの理解を深めていく必要があります。

ですが夫にはそのような意識は全くと言って良いほどありません。歩み寄ろうとするのは私だけで、話し合いを求めてもまるで手応えがないのです。

ただただ面倒くさそうに適当に言葉を返しうんざりした顔をするだけで喧嘩にもなりません。

子どもにも興味がないので子育てなど自分から手伝ってくれる事はありませんし、夫の連れ子である長男も思春期の難しい年頃であるにもかかわらず夫はまるで無関心。

私の不安をいくら訴えても気持ちを理解してくれるどころか余計に私に背中を向けるのでした。

もうひとつ重大なストレスだったのは夫と同じくためこみ症であり感情を理解する事が難しい姑が毎日家を訪れる事でした。

姑は強烈なパワーで若かった私を弱らせていましたが夫は全くその事にも関心がありませんでした。

「離婚したい」という思いが毎日私の頭の中を占めていたそのタイミングでなら離婚にふみきれたのかもしれません。

離婚も結婚と同じで適したタイミングがあると思います。

幼かった子たちの世話と難しい年頃の長男のことに一生懸命だった私はただただ毎日をこなしていくことしかできませんでした。

実際に小さな子どもを連れて離婚され、新しい生活へと切り替えのできる方はすごいなあと心から尊敬する気持ちです。

結局は新しい生活への切り替えが怖くて離婚の選択ができなかっただけのような気もするからです。

ちなみに夫は無関心ゆえに私の中にそのような離婚の選択肢が浮かんだことなど全く気付いていないと思います。

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出ていく選択肢と私自身の問題

道を探りながら

ありがたいことにこのような状況の中でも子どもたちは成人しそれぞれが自分の道を歩み始めました。

今は末の息子が自宅からの通勤を続けていますが長男は近所に、次男は就職のために家を出て半年あまり経つでしょうか。

ずっと我が家の状況に悩む私に寄り添い続けてくれている友人は言います。

子どもたちが手を離れた今、そろそろ自分のこれからを考えて家を出ることも考えてみてはと彼女は助言してくれました。

「今はまだ末の子が家に残っているのでいいがそのうちに夫婦二人になったらあなたの気がおかしくなってしまうよ」と言うのです。

家や夫のことが気がかりだったり離婚することに抵抗があるなら、近所に住んで家に通う別居のかたちにすれば良いと。

つまり自分の時間や空間をこの家を出て、持った方が良いという提案です。

出ていく選択肢、別居について私は改めて考えてみました。

13歳年上で糖尿病も患っている夫。

人とも関わりがなく毎日ひとりでテレビに向かうしかない夫は実際の年齢よりもはるかに歳をとって見えます。

私はこの夫が大嫌いで仕方がないのですが、哀れな人だとしみじみ思ってしまうのです。

同情する気はないのですが、この人を置いて私が出ていけばこの世界中で誰ひとり彼を気に留めることはないでしょう。

それより何より彼がひとりになればためこみ症は間違いなくさらに悪化します。家の窓という窓から外に向かってモノが雪崩になってもおかしくありません。

子ども達を連れて離婚し我が家を離れたとしても、書類上の縁が切れたとはいえやはり血の繋がりがあるという事実は変わらないですから、いつどのような形で子ども達に迷惑がかかるかわかりません。

もし私たち夫婦に子どもがいなければもっと早くに違う展開になったでしょう。

いずれにしろ私の生きる課題の中にいつしか「夫」が入り込んで私を自由にはしてくれないのです。

私は自分の責任を必要以上に感じてしまう性格で、どうやら周りから見ると不自然で理解し難いほどらしいのです。

夫も心に問題を抱えているように、これは私の心の問題です。

この家から出て行くことを選んだとしても、今と同じかそれよりも強く私は責任を感じ苦しむことになるのだと思います。

すっぱり今の生活を断ち切ってこれからの自分のためだけを考えられたらよっぽど健全だとは思うのですが…。

これで良かったのだと思える日まで

自分の人生の半分はこの悩みに翻弄されてきたわけですが、ここまで来たら最後まで逃げない選択をとるという事になるのでしょう。

何か大きな出来事がない限り、離婚や別居はないだろうと今は思っています。

つい1週間ほど前に次男が家に帰ってきたのですが、久々に見る我が家の状態に改めて驚いていました。

「毎日一緒に住んでいた頃も大変だと思っていたけど、実際に家を出て快適な暮らしをしてみるとこの家の異常さをさらに感じるよ。お母さんも早く家を出た方がいい。」と私に言いました。

そういう息子がこの春に出て行った時には予想以上の寂しさに涙さえ浮かべた日々を過ごした私ですが、今はひしひしと思います。

息子がこの家を出ることができて本当に良かったと。

そしてやっぱり友人や次男が言うように選択肢の一つとして「家を出る」ことも頭に置いておこうと思いました。

逃げない選択を今はしているのですが、何かのきっかけでどうなるのかはわかりません。

いつもは現実逃避しながら持ち堪えている私の心はギリギリの状態が続いているのですから。

家を出るにしろ出ないにしろ、ついに片付けても良い時が来たなら私の残り人生の大半をこの家の片付けに費やする事になるでしょう。

「この先どうなっていくのか?」という大きな不安があることは確かです。

ですが私に限らず多くの方はこう思われるのではないでしょうか。

人生の最期には「これで良かったのだ」と思いたいと。

何かの選択肢が出で来たおりにはその都度自分に問いかけながら状況を見て判断していくしかないですね。

これで良かったのだと確信できる日がいつか来ると信じて、今は辛いですが人生の後半を一生懸命生きていきたいと思っています。

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