言葉よりも大切なこと
最近またちょっと考えさせられる、スーパーでの出来事に出会いました。スーパーはママの本音がちらりと出てしまう場所なのかも知れません。
足にしがみつく末の子の重たさに耐えながら、あちこち探検したがる次男と買い物するのは大変だったなあとしみじみ思い出されます。
小さい子を連れての買い物は大変なのです…。
玉子売り場での出来事
先日お昼間に買い物に行った時のこと。
私はカゴに入れた物を点検しながら、他に買い忘れはないかなと店内をゆっくり歩いていました。
その時少し離れたところに、ものすごく焦っている男の子の姿が目に入りました。
小学校の1、2年生くらいのお子さんでしょうか。保護者の方は近くにいないようでした。
尋常ではない焦りの表情に「なんだろう」と思ってよく見ると、どうやら男の子は玉子の入った段ボールに当たってしまったのか、落ちかけている箱を必死で支えているのでした。
それでも玉子のパックは箱からひとつふたつと、床にすべり落ちていくのが見えます。
男の子は必死ながらも声は出さずに黙っていましたが、後ろから「何をしているのっ」という鋭い声が聞こえました。お母さんがようやく気づいてやってきたようです。
「お母さんがいるならもう大丈夫」とホッとした気持ちでそこを離れようとした私の耳に、信じられないセリフが聞こえてきました。
「早くしなさいっ!拾って元通りにしなさいっ!!」見てみると、お母さんも落ちている10パックほどの玉子パックを元通りに積もうとしています。
男の子はモゴモゴと「カゴが当たってしまったんだよ…。」と言い訳しようとしていましたが、それを遮るように母親は「いいからっ!!早くしなさいっ!!」と押し殺したような声で威圧しています。
70センチほどの高さがあったので、玉子は割れているかヒビが入っているはずです。
そのまま行ってしまう事はないだろう、後で店員さんに詫びに行くつもりなのかと思って見ていると、その親子は玉子を積み終えると、素知らぬ顔でその場を離れ買い物を続けたのでした。
男の子は反省する気配もなく、また店内を一人でウロウロしてあれこれ触っています。お母さんも息子の行方を気にするでもなく、買い物を続けています。
私はどうしようかと迷いましたが、近くにいた店員に「玉子が割れていると思うのでチェックしてほしい」と小声で簡単に事情を説明して、スーパーを後にしました。
どうしてあのお母さんは男の子と一緒に店員さんに真実を伝えて、謝る事ができなかったのだろう。あの後気にならなかったのだろうか。
男の子は焦った表情をしていましたし、お母さんが一緒にお店の方に謝りさえすればその子も気持ち良く反省できたのではないか?
もしかしたら普段から何かに失敗した時、そのように隠すことで対応しているのかもしれません。
他人のことながら残念な気持ちでいっぱいになってしまいました。
言葉ではない負のメッセージ
男の子はお母さんのそんな行動から、こんなメッセージを受け取ってしまったことでしょう。
「悪いことが起きてしまったら、他人に気づかれないように隠して逃げること」
その後に誰かが割れている玉子だと知らずに買ってしまうかも知れませんし、「誰かに迷惑がかかっても知ったことでは無い」という身勝手な考えが身についてしまうかもしれません。
なんて怖い事でしょう。
何食わぬ顔で逃げることを教えるなんて、それこそ大人になってからひき逃げ事件を起こさないとも限りません。
玉子の10パックくらいなら弁償してもそんなに高価ではないはずです。上品な格好をした親子でしたし、お金に困っているようには見えませんでした。
正直に子どもと一緒に謝りに行けば「失敗した時に素直に謝ることの清々しさ」や「店内のものをむやみやたらに触らないことや走り回らないこと」なども学べたでしょう。
口うるさく言って聞かせるよりも、ずいぶん効果的に伝える事ができたはずです。
そういえば遠い昔に私が目を離したすきに、次男が売り場のお菓子を食べてしまった時のことを思い出しました。
私はこれは教えるチャンスだと思って「お母さんと一緒にレジにお金を払いに行って店員さんに謝ろうね。」と一緒に頭を下げに行きました。
ちゃんと見ていなかったおかあさんも悪かったねと次男に謝り、お店のものはお金を払わなければ自分のものじゃないのだと伝えました。
どんなに小さい子どもでもお母さんの真剣な言葉は伝わるのでしょう。私の知る限りではそのようなことはその後一度もありませんでした。
あの時に私が何事もなかったように、子どもを連れて逃げていたら子どもはそれで良いのだと勘違いしたに違いありません。
子育ての中ではほとんどの方が同じような経験をされていると思います。
子育て時代は子どもを躾けようと一生懸命お説教をしたりしましたが、子どもたちは親のすることをよく見ています。
憎たらしいことを子どもが口にすれば「これは誰かのセリフに似ている」とその元が自分だったりして反省するのです。
言葉よりも大切なことは子どもが真似ても恥ずかしくないような生き方をする事だと思います。
子育ての責任の大きさに疲れてしまう時もあります。親も反省しながら頑張っていくしかないと、子どもが大きくなった今でも思います。
子どもは一生親の背中を見て、生きていくものだと思うのです。
このお母さんも休みなく続く育児で疲れ切って、心の余裕が持てなかったのかもしれません。いつか自分を振り返り反省する時がくるかもしれません。
子どもたちに恥ずかしくないような生き方をしているだろうかと、時々今でも振り返りつつ生きています。







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