心に残るK先生からのメッセージ
卒業シーズンにふと思い起こすのは、今から40年も前の小学校の卒業式です。
5年6年の2年間、クラスの生徒も担任のK先生も持ち上がりで、楽しい学校生活を共にしました。
K先生はまだ20代後半の若い女性でした。
皆んなとお別れの卒業式の日、K先生が涙ながらにお話しされたことは、今でも私の心の深いところに残っています。
卒業式の日に「いのち」の大切さを私に教えてくれたK先生からのメッセージ。それは今に至るまで宝物になっているのでした。
永遠の6年4組
6年4組のK先生は普段の生活の中で、生徒が楽しく過ごせるようたくさんの工夫をされていました。
例えば、色画用紙で植木鉢に花が咲いているものを40人分作り、鉢の部分に名前と誕生日を書き、順番に並べて教室の壁に貼っていました。
誕生日の子がいれば、朝の朝礼の時にみんなで「おめでとう」と言うのです。
確か月ごとに花の種類が違っていて、私は7月生まれですから朝顔の花だったと思います。
私たち生徒は自然にクラス全員の誕生日を覚えてしまうくらい、その素敵な飾りを眺めて過ごしました。
その植木鉢が並ぶ飾りの下には「今週の歌」コーナーがあり、歌の歌詞が書いてある模造紙が貼ってあります。(多くは私たちが知らないフォークソングでした)
月曜日に先生がアカペラで歌って私たちに教え、毎日終礼の時に全員で声を揃えて歌うのです。
週替わりで曲は変わりますから、かなりの数の歌を先生から教わり、仲間達と声を揃えて歌う楽しみも味わいました。
『翼をください』などの名曲も教わりましたっけ。
その他にも何かを達成すればシールを貼る場所などがあり、それらは全て先生の手作りなのです。
またK先生は「あすなろ日記」という名前をつけて、クラスの全員に日記をつけさせました。
朝教室に入り、まずあすなろ日記を先生の机に提出するのです。
そして帰宅時間までに先生は全員の日記に目を通し、赤ペンで一言返事を書いてくれたのです。
今思えば40人分の日記を授業や雑務の合間に読み返事を書くことは、忙しい毎日のなかで相当大変な作業だったと思うのですが、終礼の時には一人一人の名前を呼んで、にこにこと日記帳を返してくれたのでした。
クラスで何か問題が持ち上がると、終礼が長引いてでも話し合いをし、みんなで解決方法を考えました。
そんな時はなるべく生徒一人一人が発言するように促し、先生はその様子を静かに見守り、最後にコメントをくださるのでした。
大人になった今考えると、授業以外の部分でK先生がたくさんの時間を割いてくださっていたことに驚きます。
K先生がたくさんの仕掛けを作ってくださったおかげで、私たちは2年間を楽しく過ごしいろいろなことを学びました。
他のクラスの子達に「いいなあ」と羨ましがられるような、素敵な先生とクラスの仲間たち。
大人になるまでに出会ったクラスの中で一番好きだったのはこの「6年4組」、そしてもちろんK先生なのです。
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お別れの日のメッセージ
そんな素敵なクラスが卒業式を迎え、いよいよお別れの日がやってきました。
私たちの進学する中学校は校区の関係で、二つに別れることになっていましたから、クラスはバラバラになってしまいます。
体育館での式を終え慣れ親しんだ教室に戻り、K先生の最後のお話です。
もうすでに私は涙が止まらない状態でしたし、ほとんどの子はすすり泣きをしていたのではないかと思います。
その中でK先生が話されたことは「いのちの大切さ」でした。
人を殺してはいけないのと同じくらい、自分を殺してはいけない。
自分を殺すことは生きている中で一番してはいけないことです。
この先にどんなに辛いことがあっても、自分で自分を殺すことだけは決してしないでください。
どんなに辛い時でも、希望を持って前を向いて生きてください。
前後の話もあったと思うのですが、私がはっきり胸に刻んだのはこの部分でした。
K先生は振り絞るような声で、涙を流しながら私たちにお話されたのでした。
子どもながらに私は、これは忘れてはいけないメッセージなのだ、先生の本気のメッセージなのだと感じました。
きっとクラス全員の子も同じように感じたことでしょう。
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大切な宝物
もしかしたらK先生は、大切な人を自殺で失った経験があったのかもしれないと今になり思うのです。
私たちの誰か一人でも、そのような形で命を失ってほしくないという一心だったのかも知れません。
2年間の月日の中で、クラスの子どもたちと担任のK先生の間に育まれた信頼と愛情があったからこそ、本気のメッセージが伝わったのでしょう。
幸い私は自殺を考えるという経験のないまま今まで生きてきましたが、大事な親友の身内の方が自殺され、それにつられるような形でもう一人の方も自ら命を絶つという、悲しい出来事がありました。
二人の大切な人を亡くした親友は、深い悲しみからしばらく抜け出すことができませんでしたし、数年が経った今でもその悲しみや苦しみが消えることはありません。
胸の中に先生の震える声がよみがえり、私は親友に寄り添いながら先生の伝えたかったことが分かった気がしたのです。
大好きだったK先生が、まだ純粋に物事を受け入れやすい年齢の私たちに「いのち」に関しての大事なお話を涙ながらに教えてくださったことに、今でも感謝しています。
そうして母になった私は、子どもたちがまだ幼い頃から折に触れてそのメッセージを伝えてきました。
大好きな誰かからの言葉は、すんなりと心におちるものです。
あまり信頼関係のない人から同じことを言われても心には響きません。
残念ながら私は両親からあまりそのようなメッセージを受け取ることができなかったのですが、K先生のような素敵な先生からたくさんのことを学べたことは幸運でした。
今頃先生はどうされているのかわからないのですが、この時期になると感謝の念とともに、ふと思い出されます。
この春もきっとたくさんの子ども達が大好きな先生からのメッセージを胸に、新しい道へと踏み出していくことでしょう。
生きていく中でそのメッセージが大切な宝物になることを願います。

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