離婚を選んだ私から子どもたちへ
先日私は、もう何年も前から頭の片隅にはあったものの、ずっと選択する事から逃げていた「離婚」をしました。
ためこみ症の夫との結婚生活は27年余りの続きましたから、いわゆる熟年離婚です。
色々と悩みの多かった結婚生活の中で得た一番の幸せは、継子を含め3人の男の子の母になれたことです。
もし、違う人と結婚していたらこの息子たちとは出会えなかったのですから、夫に対して感謝を忘れてはいけないと思います。
この離婚に踏み切る際に一番気がかりだったのは子どもたちの心情でした。
血の繋がり以上…頼りがいのある大切な長男へ
一番上の長男は夫の連れ子で私とは血の繋がりはありません。
結婚当初私は長男とどう接して良いのかわからないまま、実の母親だったらこうするだろうと、先に頭で考える堅苦しい接し方だったと今になって反省しています。
夫は家庭にまるで関心がなかったので、私と長男はいきなり二人にされ、関係性を築いていくことになったのです。
母になった経験もないのに、若い私がなんの情報もないまま母親役を完璧にしなくてはと焦っているのですから、一番大変だったのは、思春期の入り口に立っていた長男でしょう。
二人の弟たちと継子である長男の関係性作りは、私の中で一番重要だと感じていたことでした。
いろいろありましたが、大人になった今では3人は仲良く、兄弟がいて良かったという感想です。
私と夫の結婚は、夫とではなく継子である長男とのご縁だったと思えるほどです。
長男が不安定な時期が続いた時期は、私にとっても苦しい日々でしたが、お互いを理解しようと向き合う貴重な日々でもありました。
大人になった彼は3人の男兄弟の一番上の兄として、楽しく頼りがいのある存在。そして今回の私の離婚への決意を「新しい一歩」として受け止めてくれ、理解を示してくれたのでした。
内心は寂しいに違いありません。長男は冷え切った私たち夫婦の間に暖かい空気を運びたかったのでしょう、こまめに我が家を訪れてくれていましたから。
この離婚で長男に複雑な想いをさせてしまったことに胸が痛むのですが、「物事はなるようになっていくのだ」と、長男が逆に私を励ましてくれたのでした。
離婚後も形を変えて家族として付き合っていこう、私は長男のおかげで思えたのです。
固い考え方になりがちな私にいつもユーモアと柔らかさを与えてくれ、家族や周囲の人を暖かい気持ちにさせてくれる長男の存在には、いつも感謝しています。
彼がいなければこの結婚はもっと辛いものだったでしょう。
血の繋がりがあっても絶縁状態になることもありますし、私と長男のように血の繋がりはなくても確固とした信頼関係を築くこともできるのだと、私は知ることができました。
彼には感謝してもしきれません。
ためこみ症だと知らずに夫と結婚し悩んだ私の経緯を初めて書いた記事はこちらです。↓
いつも悩みを真剣に聞いてくれた、同志である次男へ
モノを溜め込むことや家族に無関心など、父に不満を感じていたのは次男でした。
家がモノで溢れかえるなか、次男は中学生まではどんどん友達を家に呼び、皆でひょいひょいモノを乗り越えながらリビングルームで遊んでいました。
高校生になる頃、他の家との違いに気づいたのか、次男は家の状態を不快に感じ始めたようでした。
モノが積み上げられた壮絶な光景は、次男にとっては気が散って勉強に集中できないという影響があったのです。
私と共通の趣味である自転車の話、聴いている音楽や映画についての話、政治の話やその他いろんな楽しい話を次男と交わす時間は、物に埋もれる家に居ることを忘れるほど楽しい時間でした。
そんな次男が就職のため家を出た時、私は寂しくて仕方ありませんでした。
次男はいろんなことを一緒に乗り越え、楽しいことも共有てきた同士のように感じます。
そして彼は私と夫の離婚話の進捗具合を気にかけてくれる、心強い存在です。
次男にも、心からありがとう。
やはり可愛い末っ子 物に埋まる家に残る三男へ
離婚の際に一番気掛かりになったのは、現在も自宅から通勤している三男のことでした。
末の子ですし成人したとはいえ、私にとっては可愛くて仕方ない存在です。
三男をこの家に残して私は家を出られるだろうか?
子どもたち3人を集めて私の離婚への意志を伝えた時、口数少ない三男が「参ったな。」と呟いたのを私は聞き逃しませんでした。
その上での離婚の決断はとても辛いものでした。
あの風変わりな父親と、ふたりで暮らして大丈夫だろうか?
心配で胸が痛みましたが、いつまでも三男可愛さのあまりに、自分の生きたい道を私が選ばないことは、誰にとっても良くないのでは。
離婚騒動の中で私が子どもたち…特に三男が可愛すぎて、子どもの存在に依存し過ぎていると感じたのでした。
もう彼らは大人になったのですから、自分の人生は自分で決めてもらおう。
夫と関係が良くない分、子どもたちに過剰なお節介しているのだろうなあ。そろそろ子離れしなければ。
離婚話がまとまり最後に家を出て行く日、夜勤明けの三男が部屋で眠っていることは知っていましたが、私は顔を見るのが辛く「落ち着いたらまた会えばいい」と声をかけずに出てきました。
もし三男の顔を見れば、この家で一緒に過ごすことはもう無いのだと私は泣いてしまったでしょう。
三男への愛情は変わることなく、いつもいつも彼の幸せと健康を祈っています。
そして、やはり、ありがとう。
私と家族のこれからのかたち
何度か三男に連絡を取り、元気だということは分かっていますが、口数が少ない彼が何か困っていないだろうかと心配な時もあります。
ですが彼も大人なのですし、ここで私はでしゃばらず見守るべきかなとも思います。
今は子どもたちのことを心配するより、私の自立を考えねばなりません。
離婚せずに家に残ったとしても、子どもたちに心配や迷惑はかけたでしょう。
夫は離婚で多少感傷的にはなっているようですが、元気に過ごせているそうです。
ため込み症の自覚のない夫を責める気はありませんし、その夫を選んだ私にも後悔はありません。
お互いに憎んだり恨んだりすることなくお別れすることができたのは本当に幸いでした。
心の中の悩みや不満は「無かったこと」として私は対処してきました。波風を立てることを一番恐れたのです。
考えてみればそれが私の一番の欠点だと気づきました。
今回の離婚は周りに波風を立ててでも自分の希望を実行した、初めての経験でした。
愛する子どもたちには是非、私たち夫婦を反面教師として良い伴侶に巡り会ってほしい。
私たち夫婦の生き方から、いいところも悪いところも子どもたちの糧になってくれますように。
もう後には戻れないのですから、これでよかったのだと思えるように私は努力していくしかありません。
家族全員が健康で幸せであるように祈りながら、私はこれからの人生を生きていきたいと考えています。
3人の子どもたち、いつもありがとう。
ため込み症の夫との離婚の経緯はこちらの記事をご覧ください。↓










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