ためこみ症の夫と暮らす中で、心の平和を得るための妻の選択肢
ためこみ症の家族との暮らしの全体像は、こちらのまとめ記事をご覧ください。↓
夫が重度のため込み症で私は長年悩んでいますが、問題解決の糸口が見つからず、うつ状態になったこともありました。
そこから抜け出す事ができたのは、心の平和は自分で保つしかないのだという強い意識を持てたからだと思います。
今現在も我が家の酷い状態は続いており、どのようにして自分の心の平和を保っていくのかということは、日々の中で未だに私の重要なテーマなのです。

私の心の平和を保つためにこの光景とどう向き合うか
片付ける約束は破られ、夫に失望する日々
ある年の元旦のことでした。
私は兼ねてから子ども達も揃っているこのタイミングで、夫に言おうと密かに計画していたことがありました。
それは「せめて1階の夫の部屋だけでも片付けて欲しい」とお願いをする事でした。
夫は日頃はリビングルームに居て、入り口まで物が詰まった1階の自分の部屋に行くことはないのです。
放ったらかしにされている夫の部屋だけでも片付けられたらどんなに良いかと、私はいつも思っていました。
それまでの経験で片付けをお願いしても実行されたことはなく、「やっぱり無理だ」と落ち込むのが嫌だったのですが、今回は夫に「言わなければならない」と決心していたのです。
簡単に「いいよ」と言うはずはないと解っていたので、用意周到に夫のご機嫌を見て気を遣いながら、片付けてと頼むタイミングを待っていました。
誰も入ることのできない夫の部屋は、コンセントは全てタコ足配線でホコリをかぶって物に埋まっていますし、火事が起きるのではないかと私は眠れない夜を過ごすことも多いのです。
「何とかコンセントだけは抜いておきたい」と夫がいない時間に物をかき分け部屋に入ったこともありますが、物が詰まっているせいで身動きができず、何度も断念しているのです。
退職した夫が毎日家にいるようになり、こっそり部屋に入って片付けるという事が全くできなくなったのですから、ここは部屋の持ち主である夫に頼むしかありません。

家中のコンセントがタコ足配線なので私は火事を心配している
そんな経緯で元旦から自分の部屋を片付けて欲しいと久々にお願いしてみると「「今年の年末までには片付ける」と言う返事が返ってきました。
ですが予想通り、春が来ても夏が来ても溜め込み症の夫が片付ける気配は全くなく、むしろモノが増え続けてきた1年になってしまいました。
きっと夫は約束は覚えているでしょうが、もし私が問いただしたら、「そんな約束したかな」ととぼけるか怒りでキレてしまうかどちらかだと思います。
ついに年末を迎え、予想していたとはいえ約束が守られる事がなかったのは残念で、夫に対してさらに失望してしまいました。
失望の末、ため込み症の夫とは会話もなく沈黙夫婦に
これまで私は夫から何の感情もこもらない返事が返ってくると分かっていても、できる限り何気ない会話をするよう努力してきました。
せっかく夫婦一緒にいるのだし、例えば天気の話などを何気なく夫に振るのですが、そこから会話が膨らむ事は皆無でした。
「なぜそんなつまらない話をするのだ」という顔で「ふうん。」という返事をされる事が大半でした。
なるべく良好な関係でいれば、いつかは片付けることを実行しやすいだろうという淡い期待もありました。
夫とは歳が離れているせいか、日常の些細な会話の中ですら常に私よりも優位に立ちたがりました。
例えば自分の知らない話を先に私が知っていたりするととても感じの悪い空気になるので、知らないふりをするなどして一応夫をずっと立ててきたのです。
そのうちに良い関係を築けるかもしれないと期待し努力しましたが結果は全く変わりませんでした。
20数年もの間我慢できたのに、去年の元旦の片付けの約束を守ろうとしない夫を見て、突然夫に気を遣うのが心底イヤになってしまいました。
イヤになった私はいろんなことを諦めるしかありませんでした。
私が夫に話しかけることをやめてしまうと、今まで何とか成り立っていた夫婦の会話が無くなり、おはようなどの簡単な挨拶すら交わさない夫婦になってしまいました。
私が折れて下手に出れば元の様に戻るのかも知れません。
今まで絶望する事があっても、思い直して明るく振る舞ってきましたが、もう気持ちは限界でそれは出来そうにありません。
夫はきっと私の気持ちなど気付きもしませんし、気にもしないでしょう。
沈黙が続くことも平気なのかも知れません。
こうしてついに私たちは沈黙夫婦になってしまいましたが、初めから温かい夫婦関係など望むのは私の独りよがりだった気がします。
モノを手放せないため込み症の夫

2021年12月31日撮影 夫はモノを手放すことができないためこの状況に陥っている
これは長年一緒に過ごしていて痛感する事ですが、夫は生きている限りモノを手放す事は出来ないのだと思います。
大量のモノは夫にとって鎧の様な役割なのか、何らかの価値を見出しているのでしょう。
はっきりとした原因や理由はわかりませんが、確かに気まぐれでモノをためこんでいるのではなく、たとえ強制的に第3者が全て処分したとしてもすぐに同じ状況を作り出すに違いありません。
テレビを見ながら小さなものを手にして落ち着きなく指を動かしていることも多いのですが、持っているモノから安心感を得ているのかもしれません。
1年間夫が片付けてくれまいかと疑いながらも期待しましたが、その約束はついに守られることはなかったのです。
「約束のことはもう忘れよう」と私は決めました。
果たされなかった約束にイライラしても仕方がありませんし、片付けを強行すれば夫も激昂してしまうでしょう。
ためこみ症の夫と一緒に住んでいる以上仕方がない事だと、子どもたちとも一緒に諦めることにしました。
ためこまれた大量のモノは夫が生きている証なのです。
もう夫が片付けることを期待しない…諦めるという選択肢
50代に入ってからもフルタイムで働きながら家事全般をこなし、ストレスの多い家庭環境ではありますが、心と体を壊す事なく過ごせています。
頑丈な心と体に感謝ですね。笑
夫のためこみ症という病気や、この家の状態も仕方がないものと捉えて、不快ではありますが無駄に悩むこともこの頃は少なくなりました。
言い換えれば、私は諦められるようになった事で心の平和を得られるようになったのです。
何事も諦めずにやる性格の私が、諦めざるを得ないこの家で暮らしているのですから、そこに何か意味があるのでしょう。
自分が頑張れば解決できることもある一方、どんなに解決を望んでも自分の力ではどうしようもない問題があるのだと、私はこの結婚生活で学びました。
それは、小さな頃から「頑張り屋さん」と言われた私にとって、挫折に近いことでした。
自分で解決できる問題に対しては真摯に向き合い、どう頑張っても自分の力の及ばない問題には諦めるという選択肢があることを知ったことは、私にとって大きなプラスになったと感じています。
その判断を的確にするためには失敗や苦難の経験も必要ですし、やっぱり人生には苦労がつきものですかね。やれやれ…。笑
今日も諦めるという選択肢を取りながら、心の平和を保って私は生きています。
明るく前向きに生きていくしかありませんね。
ためこみ症の夫との暮らしの最初の記事は、こちらでご覧ください。↓








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