片付かない家で迎えた新年と次男の旅立ち
相変わらずため込み症の夫が溜め込んだモノに埋もれ片付かない我が家。新たに2022年がスタートして、10日が経とうとしています。
1階の納戸で私は6日間の冬休みの時間のほとんどを過ごし新年を迎えました。納戸と言ってもそこは私の大事な自分のスペースで、ここでパソコン作業や読書、絵を描いたりしてくつろいだ時間を過ごしているのです。
夫の溜め込んだモノで家中溢れかえっていてここ以外に私が座れる場所はありません。
本当はキッチンや水回りのある2階の片付けや掃除をしたかったのですが、そこは1日中貧乏ゆすりをしながらモノに埋もれてテレビを見ている夫が嫌でも視界に入るので精神の安定を図るために諦めました。

モノを片付けたいのは山々だが夫がいるために断念し今年もスタートした。
上の写真は現在のリビングテーブルの上に物が溜め込まれている様子です。新築の何年かの間はここで家族揃って食事もできたのですが、今は全くその役割を機能していません。
もちろん新年を心新たに迎えたこの時期もモノが片付くこともなく悲惨な光景のままなので、お正月といっても家族が集まるのは積んであるモノの隙間に立つことになります
ベランダに面した掃き出し窓からは日の出が見れたはずなのですがため込み症の夫の物で埋め尽くされて外の様子も見えず残念です。
今年もさらに不要なモノが増え続けていくのだと思うとうんざりしてしまいますが、誰にも夫が物を溜め込むことを止めることはできません。
毎年恒例なのですが今年のお正月も床の上に料理を並べて家族でいただきました。
夫はテレビ前の座椅子に悠々と座り黙々と正月番組を観ながら食べていますが、子ども達は折りたたみのテーブルをどうにか空けたスペースに置き、私は立って食べるしかありません。
お正月や誰かの誕生日など喜ぶべき機会に、このような形で食事をせざるを得ないことが情けなく思えますがせっかくですから明るい話題で盛り上がります。
慣れとは恐ろしいもので、きっと他の人がみたらゾッとするであろう部屋の状況の中でも私や子どもたちは明るく過ごせています。
ため込み症の夫の部屋は片付かないまま新年を迎えた
先の記事にも書いたのですが昨年元旦に家族の前で「今年中に1階の自分の部屋を片付ける」と約束した夫ですが予想通り片付ける気配もなく1年が過ぎ、部屋のモノは着々と増え続けました。
生きることとモノをため込むことが切り離せない夫は重度のため込み症なのです。
私と子ども達はこの状況を我慢して住むか、ここを出ていくかの選択しか今のところできません。
私も若くありませんから、1日でも早くまだ身体のどこも痛くないうちに片付けにとりかかりたいのですが「俺が死んだら全部捨てたらいいじゃないか。」と言う夫を横目に(それではいつになるか分からない)と私は心の中でぼやいています。
捨てるにしてもモノの量はあまりにも多くかなり重労働です。業者さんにお願いできる資金や部屋のリフォーム代を夫が置いていてくれれば良いですが。
片付けに追われるであろう私の老後のことは溜め込み症の夫はまるで考える気がありません。

昨年末に片付く約束だった夫の部屋のモノは増え続ける
夫は夫で何も置かないスペースがあることは耐えられないのでしょう。
結局は夫の部屋も片付くことなくまた例年通りに新しい年がスタートしてしまいました。

夫の部屋の前の廊下はこの倍ほどのカバンが置かれていた。
物だらけの家の悩みから解放され巣立っていく次男へ
いつものように溜め込まれた物をみながらため息と諦めで新年が始まったのですが次男が4月から就職のため遠く離れた街へ引っ越すことが決まりました。
誰より私の悩み話を聞いてくれ冷静な意見をくれた次男が離れていくことはとても寂しいことですが彼にとっては待ち侘びた『物が溢れる家から出ていける』時がようやくやってきたのです。
寂しいながらも次男がこの家の悩みから解放されると思うとホッとします。
これまで大量の物に埋もれたこの環境の中、いろいろと苦難もあったけど明るく逞しく育ってくれてありがとう。ため込み症の父親のことや物が溢れる家の状態に悩む私を支えてくれてありがとう。
ポジティブに捉えると、この想像を絶する暮らしのストレスから身を守る術を息子たちは身につけることができたのかもしれませんが、心のどこかでは普通の家で育ててあげたかった気持ちが私にはあります。
一人一人子どもたちは巣立っていき三男が我が家からの通勤でまだ残っていますが、ゆくゆく私は夫と二人で過ごす時を迎えるのでしょうか?
いえいえ先のことを考えて不安になるのはやめておこう…とにかく1日1日を明るく強い気持ちで超えていかねば。
今年も不要なモノで溢れかえるこの家の状況にメンタルをくじかれてしまわないように気をつけなくてはと気を引き締めています。
ため込み症の夫は今年も未来もきっと変わることはないのですから私は自分の気持ちをうまくコントロールしながら人生の貴重な時間を楽しんでいけたらいいなと考えています。
コメント