ためこみ症

離婚を考えた私の苦渋の決断と一歩前進

食卓の上に並べられた夫のモノ ためこみ症

離婚を考えた私の苦渋の決断と一歩前進

離婚するのかしないのか?何をしていてもその迷いが頭から離れない日々が続いています。

離婚を考えるに際して何よりも重大だったのは、最愛の子ども達にどう説明し、なるべく痛みを軽減できるかということです。

私たち夫婦があまり円満ではないことを子ども達はすでに知っていましたが、離婚をするとしないではまったく違います。

結論を先にいうと、離婚は見送りという苦渋の決断をすることになりました

子どもたちに離婚の決意を伝える

重度のためこみ症の夫と暮らして30年近く悩み続け、ついにこの結婚生活にピリオドを打とうと決意した私。

子どもたちも社会に出た今、自分のこれからの人生を思う時、このままの状態で夫婦を続けていくことは耐えられないと考えたのです。

それまでは離婚を意識したことはあるものの、自分は到底実行できそうにない、と諦めていたのでした。

数ヶ月前から決意を固め、次男が帰省した際に3人の息子たちに私の気持ちを伝えようと決めていました。

長男は兄弟の中でも一番、私や家族のことを考えてくれます。次男は就職のために遠方にいますが、長かった私の悩みに一番寄り添ってくれ、何でも話し合える友達に近い感覚の子です。三男はとにかく私が可愛がった末息子。

離婚するのは初体験ですが、子どもたちにどう伝えようかというプレッシャーの大きさは、想像以上に大きく苦しいものでした。

3人を前にして一大決心で家を出ていく意志があることを伝えると、自立している長男、次男はまずは自宅に残っている弟を心配しました。

「お母さんは一生この家にいて良いの?」とかつて言ってくれていた次男は、離婚話を喜んでくれるのではないかと考えていた私ですが、実際はそうではありませんでした。

やはりお兄ちゃんは弟も心配なのです。もちろん私も自宅に残っている三男については、一番苦しく思っていて、三男も一緒に家を出るか、職場の近くで自立生活をしてくれまいかと自分勝手に考えていたのです。

普段から口数の少ない三男はいつもは皆の話に頷くだけなのですが、今回は大事な話し合いなのです。

長男、次男、私がじっと見守る中、三男はしばらく考え込んでから唸るように「それはキツイな」と小さな声で言いました。

胸が締めつけられる思いで私は静かにその言葉を聞いていました。

三男も優しい子なので私の気持ちを汲んだのでしょう、その後は私の決断を受け入れようと、頭の中をめぐらせている様子でした。

子どもがいなければ、きっととうの昔に離婚していたのは間違いありません。

覚悟はしていたつもりですが、予想以上に自分の気持ちが揺らいでいるのを感じました。

揺らぐ離婚の決意

子どもたちに離婚宣言をした後、新年が明けたら本格的に準備を始め、3月中には住む家の準備を整え、4月に夫に離婚の申し出をしようと私は具体的に考えていました。

離婚話を切り出した私に、「今すぐ出ていけ!!」と、夫が言う想定で、準備万端に用意した新居に出向く算段です。

ですが子どもたちとの話し合いの後、私の気持ちはグラグラと揺れ、堅く決意したはずの離婚計画が早くも崩れていくのを感じました。

子どもたちは一人も私の気持ちに反対しませんでしたが、それゆえに余計に私の中で子どもたちへの申し訳なさが膨らんでいきました。

感情のやりとりもできず、モノをためこみ続けている父親と二人で暮らすことは、三男にとって一人暮らしよりも遥かに大変なのではないだろうか。

でも「離婚するなら今しかないのだ」とも思い、気持ちは激しく揺れています。

私は離婚するのかしないのか?

それは誰にも委ねることのできない問題です。自分で決めるしかありません。

もうひとつ気がかりなのは私よりも一回り以上年上の夫の体調です。というか、その夫をゆくゆく面倒を見なければいけない子どもたちのことが気になります。

久々に全員集まった子どもたちが気づいたのは「お父さんの記憶力が怪しくなりつつある」ということでした。

普段は人と全く関わりが無いために、軽い痴呆症状が出ているのかもしれません。その上持病がかなり進んでいるにもかかわらず、生活習慣を改善する気がないのです。

夫の介護が必要になるのは近い未来かもしれない。そうなったら私は世話をすることができるのか?離婚すればそれを子どもたちに任せてしまうことになる。それで良いのか?

ためこみが進むことは間違いないと考えていた私ですが、夫はもうすぐ誰かに世話をしてもらうことが必要だということが、急に大きな問題に思えてきました。

長男にその役割を押し付けるのか?同居している三男がそれを担うのか?

もし結婚したいと思える相手が息子たちに現れたとしても、この夫の介護がもれなく付いてくるとしたら…。

いろいろ考えるうちにますます離婚するタイミングでは無いのでは?と思えてきます。

離婚するのかしないのか?

離婚の決意がグラグラし始めた私は「2週間は思い切り悩もう」と期限を決めて眠れぬ夜を過ごしました。

離婚するのかしないのか…苦渋の決断

「お父さんの病気が悪くなれば僕が病院か施設に入れるなりなんとかするよ。ゴミ屋敷状態もさらに悪くなるだろうけれど、離婚したらお母さんは一切家の心配しなくて良いからね。家に残る弟は僕がサポートするし大丈夫だから。」

長男は迷う私に言ってくれます。

「お母さんがあの家にいないならオレはもう帰らない。たまにはお母さんがオレのところに来てくれよ。大変だけど頑張って。」と次男は言ってくれました。

無口な三男は、この家がどうなるかを僕が見届ける、と言って家を出る気はなさそうです。

離婚してこの家を出たら、長男が言う通り一切のことを心から切り離して私は暮らせるだろうか?

持病が悪くなるであろう夫の世話を子どもたちに任せて、私は別の家に一人住み幸せだろうか?

子どもたちのことを思い、結局今以上に苦しむことになるのではないだろうか?

悩みに悩んで、結局私は今回は離婚を見送ろうという苦渋の決断をしました。

夫がまだまだ元気な頃なら違う決断もできたのかもしれません。

自分が考えていたよりも遥かに思い切りの悪い人間だと、自分にがっかりした気もしました。

子どもたちに負担をかけることで、きっと私は後悔をするだろうと、ついに今回は離婚を諦めることにしたのです。

違う生き方を考えられたことは一歩前進

不要なモノと食料が雑多に置かれている

これからも増え続けるであろう不要なモノと食料。

吐きそうなくらい悩んだ末に、子どもたちに「離婚計画は中止」と伝えました。

三男はホッとした様子で「お父さんもあまり先は長くないだろう」と言いました。(あまりこんな期待はよくないのかもしれませんが…)

離れた次男とビデオ通話でその旨話すと、やはりホッとした様子で「これでオレの帰る家はまだあるね。」と嬉しそうでした。

長男は「どの選択をしたとしてもその道は常に最善だと思う。また気持ちは変わるかもしれないけど、その時はその時で考えよう。」「今回のことで僕たちは1歩前進した」と言いました。

この先どんな事が起きるかわからないのだと、私を含め子どもたち3人が意識する事ができたということは有意義だったと言う事でしょうか。

もし子どもたち3人が「誰があの父親の面倒を見るの?大量のモノはどうするの?」と私を責めていたなら逆に私は開き直っていたかもしれません。

1歩前進。

次に私がこの件に関して決断する時が来たなら、その時は本当に離婚するでしょう。

離婚を決行しようという決断もかなりしんどかったのですが、それに対して子どもたちが皆、自分の気持ちはさておき母である私を気遣い、応援してくれようとした事を私は一生忘れないと思います。

母が弱みを見せてはいけないと生きてきた私ですが、今回子どもたちに心のうちをさらけ出せたことは、確かに私にとって1歩前進です。

それに、この家を片付けてから死ぬのだという生き方以外を考えることができたのも大きな変化ですし、一歩前進なのでしょう。

ひとりで抱え込まず子どもたちに頼りながら、これから起きてくるであろう我が家や夫の問題に向き合っていこうと思えるようになりました。

優しい大人に育ってくれた息子たち3人に感謝です。

家族の中で夫だけが何も知らずに、溜め込まれたモノに埋もれてテレビを観ています。

それにしても

一人暮らしのための物件を検索する事がこんなに楽しかったとは…。いくらの予算でこのくらいの部屋…ということは今回しっかり頭に入りました。笑

いろんな間取りを見ては快適なスペースを想像するのは楽しいですね。クセになりそうです。

ということで「ものびと」記事はまだ続きそうです。

これからも茨の道が続くと思うのですが…しっかりと地に足つけて生きていきたいと考えています。

コメント

  1. 4月に投函したものです。 より:

    世阿弥の「風姿花伝」では人間の本質は本質的に現状を変更することに強い抵抗感があり
    変えるかどうかの決断は自分でしなけばならないといっています。
    仮に変えていい結果が出れば問題ありませんが悪い結果となればそれは変えた自分の責任になってしまいます。
    一方変えなかった場合に悪くなったとしても、それは環境のせいにできます。
    実際は変えるべきときに変えなかった自分のせいですが、人間というものはなかなかそうは考えません。変化を好まないことにも理由があるわけです。

    • tikutaku tikutaku より:

      こんばんは。いつも読んでくださりありがとうございます。本当にそうですね…。現状を変えるのはとても勇気が要ります。今の苦境に耐え続ける事は忍耐しかないと分かっているので今回私が迷った挙句に選択しきれなかったのは現状を変える勇気が足りなかったのです。何とかなるようになっていくのだと思うのですが…。私は思い切りが悪い人間なので家を出たとしても結局残してきた子どもや世話が必要になってくる夫を気にせずにはいられないと思うのです。でも私が出る事で良いこともあるはずだとは思うのですが…。(こんな感じで考えがぐるぐるまわってしまいます。)ですが、きっぱり割り切れる勇気が持てる時がこの先に来るかもしれません。世阿弥さんの「風姿花伝」また読ませていただきますね。コメントありがとうございます。