ためこみ症

私が居なくなったあとも増え続けるモノ|ためこみ症の夫

ため込み症の夫の寝床にはモノが積み上げられている ためこみ症

私が居なくなったあとも増え続けるモノ

ためこみ症の夫との離婚から、半年が経とうとしています。

大量のモノに苦戦しながら暮らした日々が、もう何年も前のことのように感じる今日この頃。

よく正気で30年近くもの間、あの家で過ごせたものだと、今となっては信じられない気がしています。

つい先日、長男、三男との3人で久しぶりに会う機会がありました。

三男は今も自宅から通勤しているので、私が居なくなったあとの家の中の様子や夫の様子を尋ねてみました。

それはやはり私の予想通りの展開でした。


病状が悪化する家

以前のため込み症の夫の寝床にはモノが積み上げられている

以前のため込み症の夫の寝床は物置き場になっていた

写真は三男にお願いして撮ってもらった家の中の様子です。

かつて夫が寝ていた場所の写真ですが、モノがたくさん置かれ、通り道ができています。

離婚して家を出た私は実際の様子を見ることはできないのですが、三男から話を聞いていると予想していた通りモノが増え続けているようです。

どうやら夫はモノに埋まりつつあった自分の寝床はすっかりモノ置き場にして、それまで私が寝ていた押し入れで寝ているそうです。

(この家に住んでいた私は寝る場所もなく押し入れで寝ていたのです。)

私の寝床だった押し入れの壁にもため込み症の夫が物を溜め込んでいた

かつての私の寝床だった押し入れにも、ため込み症の夫の物が溜め込まれている様子(息子撮影)

そしてその押し入れの壁にはたくさんのモノが吊るされ、新たなモノ置き場に様変わりしていました。(写真上・下)

モノが溢れる押し入れがため込み症のため込み症の夫の寝床(息子撮影)

モノが溢れる押し入れがため込み症の夫の寝床(息子撮影)

ウキウキと壁にピンを刺してモノを吊り下げている夫の姿が目に浮かぶようです…。

離婚し私が居なくなった後、すぐに私が寝ていた場所にそのように変化を加えたのは、もしかしたら私が出ていった事に対する寂しさや怒りのようなものを打ち消したかったのかもしれません。

もちろん彼に自覚はないでしょうけれど。

私が深読みしているだけで、単にモノを置く場として活用しただけなのかもしれませんが…。

あと、夫が日中過ごしている座椅子のまわりのモノが、大量に増えている様子です。

そこは以前ベランダに洗濯物を干すための通り道を毎夜確保し続けていた場所で、私がいなくなった今では好きなようにモノを積み上げているのでしょう。

モノが増えていくことを悪化と言うなら、我が家の状態はまさに悪化の一途を辿ってきました。

それは文字通り家が病気にかかった状態なのです。

窓は閉め切られ暗く、風通しも悪くジメジメと空気は澱み、床の見えない範囲はまるで家が皮膚病にかかったように広がっていきました。

離婚前、夫と共に生活していた頃は、物を増やしたい夫と片付けたい私の、静かな戦いが途切れることなく続いていました。

私が一緒に住んでいることで、少しは抑止されていたはずです。

その私が居なくなった今、彼に歯止めをかけるものは何もありません。

何度もこれまでに感じてきたこの病気の不気味さに、私は改めて呆然としてしまうのでした。

これからの我が家は

「ここだけはモノに占領されたくない」と私が死守してきたのは巣立っていった次男の部屋と階段でした。

どうやら「また帰ってくるかもしれない」と夫は思っているのか次男の部屋にはまだモノが置かれていないようです。

冷蔵庫は夫がいろいろな食品…食べる予定のない物を以前から詰め込んでいたのですがさらに「悪化」しているようです。

キッチン周りはそんなに変化していないようですが、三男は自炊をしていますし衛生面が気になるところです。

苦労して手に入れた私の避難場所でもあった納戸ですが、そこはもう夫のモノで埋まっているようです。

これは押し入れと同じで、私がいない虚無感を打ち消すために無意識に夫は真っ先にモノを詰め込んだのでしょう。

夫はモノをためこむことで不安や無意識のモヤモヤを処理しているのではないかと思います。

私が死守してきた場所も、夫が生き続けている限りモノで侵食されるはずです。

数年前に私が死に物狂いで片付けた駐車場も、再びモノが積み上げられるだろうと予測しています。

いつか片付ける日まで

継子をはじめ3人の息子たちがこの環境の中で、途中経過は色々ありましたが大きく心を蝕まれることなく育ち、社会に出てくれたことに感謝するしかありません。

離婚して生活が一変した私の中での最も重要事項の一つは、子どもたちと新しい関係性を作るということです。

モノで溢れかえっていた我が家ですが、やはり子どもたちにとっては「帰る家」であり「家族が集まる場所」でもありました。

その場所から母である私は去り、関係性の極めて薄い父だけが残っているのです。

離婚話を進めている間、何度か私は「せめて家に残っている三男と関係性を築いた方が良い」と夫に伝えましたが、どうやら以前と同じく全く会話もない様子です。

夫と共にあの家でモノに埋もれて暮らす三男の顔を見たら、自分の気持ちが崩れてしまう気がして、しばらくなかなか会うことができませんでした。

何よりも大切にしてきた子どもたちとの関係を新たに築いていくにはどうしたら良いのかしら。

離婚後の生活が落ち着いてきたと同時に、よく考えるようになりました。

話し合うことの難しい父親を持つ子どもたちに、母である私はオープンな存在でいたい。

定期的に長男と三男と会ってコミュニケーションを取り続けること。…特に三男は無口で我慢強いから注意して様子を見ています。

遠く離れて住む次男は帰る場所が無いと言って寂しそうにしていましたが、狭いワンルームの私の部屋でも、どうにか寝るくらいはできるのではないだろうか…。

そしていつかあの家を片付ける日が来たら、子どもたち3人と協力してなんとかしよう…。

そんないろんな考えが私の頭で巡っています。

新しい形での母子関係は、母子というよりは大人同士の絆になっていくのだろうなという気がしています。

離れていてもどんな状況でも、あれこれ子どもたちのことを心配してしまうのが母親なのでしょう。

離婚してさらに確信したのは、夫が生きている間はモノが増え続けることは止められないのだということです。この先どうなるやらと、家を出てもなお私は考えています。

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