潜在意識の中の過剰な責任感
「責任感がある人」と聞くとどんな人物を想像するでしょうか。
任された仕事をきっちりこなしたり、困難であってもやるべき事ができる人…そんなイメージでしょうか。
「無責任」と比べると良いイメージを持たれる方が多いと思いますが、何事もほどほどがよいのです。
かつての私は、潜在意識の中の過剰な責任感のために本末転倒な頑張り方をしてしまう「勘違い責任感」の持ち主でした。
おそらく幼い頃に親から厳しく躾けられた(または愛情を感じる事ができなかった)ために「人に頼る=迷惑をかける」というような図式が私の無意識の中に叩き込まれているのです。
物心つくころには自分の親にすら素直に甘える事ができなかったのですから他人に頼ることなど難しい事なのです。
ですが自分では自覚していなくても、気付かないうちに他人に迷惑をかけている事もあります。
全く人に迷惑をかけずに生きる事など不可能なのだと50歳を過ぎた頃ようやく私は理解しました。
今回は今も私の人生に大きく影響している潜在意識の中の過剰な責任感について考えます。
人に頼る経験を積まずに
人に頼ること=迷惑をかけるという図式が頭にある私にとって誰かにお願いしたり頼ることは難しい事でした。
小学生の低学年くらいまでよく泣いていたのを記憶していますがおそらく何か困った事が起きても親や誰かに頼ることが出来ずに困って泣いていたのだと思います。
泣くと誰かが優しく接してくれるのでそれを期待していたのかもしれません。
5年生の頃ある男子生徒にからかいのいじめを受けた時、やはり私は誰にも言えませんでした。
親や先生、友人にも相談できず一人で悩みついには仮病で2ヶ月ほど学校を休んだと記憶しています。
不思議なもので体って病気を望むと本当に病気になるのです。私は気管支炎喘息なる病名を得て複雑な気持ちで仮病生活を続けました。
母は何か感じた様ですが何も聞いてくれませんでした。煩わしい問題に関わりたくなかったのかもしれません。
私はまずいじめられているのは自分が悪いのだと感じていました。それを恥ずかしい事と意識していました。
そしてそれを誰かに言うことは迷惑になるだろうと考え自分の胸の内で解決しようとしていたのです。
結局はそれこそ親が言う精神力が足りないのだと自分に言い聞かせて通学を再開し、時々は辛い思いもしましたが気にしないと自分に言い聞かせどうにか卒業しました。
そのように幼い頃に潜在意識に植え付けられた人を頼れないというタネは徐々に私の心に深く根をはっていったのです。
それは大人になるにつれ過剰な責任感として表にあらわれました。
例えば体調が悪くても仕事を休む事ができませんでした。
職場に人数が足りなくなるとか、今日は大事なスケジュールが入っていてキャンセルできないだとか…何の躊躇もなくすぐに休める人は少ないと思います。
私の場合これがもう少し過剰で39度の高熱があるにもかかわらず仕事に行き体調が悪い事を隠して何日も出社した事がありました。
よりによって元旦の朝に発熱し他のメンバーがほとんど帰省していたので本社に連絡する事をためらい出勤したのですが間違いなくインフルエンザの症状でした。
今まで生きてきた中で一番しんどい思いをしたのはその時で、あんな状態で良く正気を保てたものだと我ながら呆れてしまいます。
迷わずすぐに会社に連絡すれば元旦であろうが誰かを差し向けてくれたと思うのですがその時の私にはそれは出来ない選択肢でした。
他にも昼食後に食中毒か何かに違いないのにトイレで吐きながらでも早退できない事もありました。
人に迷惑をかけたくないという表向きの理由の行動ですが…考えてみると自分本位です。
結局のところ本当に周りの方を気遣っている事にはならず自分の気が済むための選択をしているわけです。
風邪を人にうつしてしまったり、もしくは体調がもっと悪化して入院する事にでもなれば本末転倒です。それこそ本当に迷惑をかけてしまいます。
それでも私の中の潜在意識に潜む過剰な責任感が休む事を許してはくれませんでした。
そしてそれは体の不調に限らず心に関する事も同じなのです。
困った時に人に頼る事が難しい私は大抵の悩み事は自分の中で処理してしまいます。
幼い頃から困った事や悩み事を身近な親に伝えても同じ目線に立ってもらえず、「頑張りが足りない、精神力が弱い」としか言ってもらえなかった事から誰かに相談したり頼ったりという経験を積めずに大きくなったのです。
それはただ忙しい生活を送る中で煩わしさからの言葉だったのかもしれません。
幼い子というのは恐ろしい事に親の言う事は丸ごと信じてしまうのです。
人を頼る経験を積まずに成長すると最悪の場合過剰な責任感から自分を粗末に扱ってしまう可能性が高くなるのではないかと私は考えています。
素直になれるか
そんな私が50歳近くにもなって「人は迷惑をかけて生きる生き物なのだ」と改心したのは実は次男の意見を素直に聞いたからでした。
私が高熱を出しながらも出勤する様子を見て次男はこう言いました。
「そんな状態で仕事に行くのはおかしい。人員不足で行かなくてはいけないならそんな会社は潰れるべきだ。」
私は初めて自分がやり過ぎている事に気がつきました。
過剰な責任感から必要のない事まで勝手に自分で背負い込んでしまうのですから会社からすれば逆に困った社員です。
子どもの存在はありがたく、特に不登校問題などで取っ組み合いまでした仲?である次男の言葉からはたくさんの事を学びました。
もっと楽に生きて良いのだと考え方を変え、身近に甘え上手なチャーミングな方がいると真似してみたりしました。
その甲斐あって徐々に私の頑なな責任感も薄れつつあります。
困った時は誰かに頼り、自分も誰かから頼られる環境のなんと心地よいことか。
同時に勘違いから頑張り過ぎていた事で周りを困らせただろうなと振り返り反省しています。
自分一人で全てを解決し誰とも助け合う事なく生きていくなど無理な話です。
誰かにそう諭された時に素直にそう思えるかどうかはとても大事です。
なぜなら人に頼れずに生きてきた分、逆に人からの言葉をなかなか素直に受け止める事が難しいからです。
私はそれらを自覚してからは意識して人からの言葉を自分の中に取り入れています。
これが私の生き方
自分の中ではずいぶん改良してきたつもりですがやはり潜在意識の中に染み込んだものはきれいさっぱり無くなるということはなさそうです。
いくらか手を抜いていると思うくらいでちょうど良いのだと思う様になってから過剰に頑張ることは無くなりました。
ですがどうしても逃れられないのは家庭内の問題です。
大きな悩みを抱えていてそれを解決もできなければ手放す事も出来ずにただただ耐えている状況がもう25年以上続いているのです。
これまでも「離婚」という選択があるのだと周りから勧められた事もありましたが私は踏み切る事もせずにここに留まっています。
健全な考え方ができる人ならきっとこの場を去ったことだと思います。
私がここにいる理由はやはり「この結婚を選んだ責任」を感じているからです。
これを捨て去るほどには私は変化できていない様です。
解決の難しい大きな問題から逃げずに耐え続けてしまう人たちはきっと潜在意識の中で私と同じく過剰な責任感に支配されているのではないでしょうか。
私はそれらを自覚していますし今ではそれもひっくるめての私の生き方なのだと腹を括っています。
こうなったらこの性格を活かしてとことん逃げずにやってみようじゃないの!という思いと、全てを投げ出して逃げ出したいという思いが日々私の胸の内でせめぎあっています。
今の時点ではそんな毎日ですがこの先私の中に変化がないとは言い切れません。
その都度私は自分の中の責任感と向き合う事になるでしょう。
どの様な選択をして生きて行くのかは未来の私に託しましょうか。
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