日々思うこと

子ども時代のいじめの恐怖体験

日々思うこと

子ども時代のいじめの恐怖体験

いじめを一切受けた事がない、という方はどのくらいいるのでしょうか。

私自身は50数年生きてきた中で、気づいているもので2回経験があります。ひとつは子ども時代、もうひとつは50歳にもなろうかという時のものです。

どちらも今の私を苦しめる事はありませんが、ニュースなどでいじめの事件を耳にすると、無くならない問題なのだなと感じます。

今回は私が子ども時代に経験した「いじめ」を元に、いろいろと考えてみたいと思います。

いじめの恐怖

それが始まったのは小学校5年生の時だと記憶しています。

クラブ活動で一緒になった、勉強もスポーツもできる隣のクラスのK君。

小学生の頃の私は正義感を丸出しにして発言するような、今思えば可愛げのない女の子だったと思います。そんな私に目をつけたのか、K君は次第に私に意地悪をするようになりました。

クラブ活動で私がいくら練習をしてもできないことがあり、それをきっかけにからかいが始まりました。

だんだんエスカレートして、容姿などのコンプレックスに感じている部分を絶妙に突いてくるのです。

初めはK君もそんなに悪気は無かったのかもしれません。ですがまともにその言葉を受け、たじろいだり困ったりする私の様子が面白かったのでしょう。

好きな子に意地悪をするとかそんなではありません。

明らかにK君は、私が狼狽し逃げ出したい気持ちになっていることを楽しんでいました。

それは初めて経験する、何とも嫌な気持ちでした。やがて私は学校にいる間も登下校の道中でも、K君が視界の中にいないことを確認するようになりました。

それは恐怖でした。

その一連の自分に起きている出来事を私は友人にも家族にも、一言も相談できないのでした。いじめられている自分の姿が情けなく恥ずかしい、という思いからひたすら隠し通していたのです。

先生に言えば、K君の言動がエスカレートしないかと、やはり言えないのでした。 

ズル休みの毎日からの復帰

そのうちに私は、仮病を使って学校を休むようになりました。初めはわざと咳をしていたのですが、病は気からというのは本当です。

本当にお医者さんで「気管支喘息」という病名をもらって、堂々と学校を休むようになりました。

1学期中、実は体は元気なのに学校を休み、両親と兄弟が仕事や学校に行った後は家でダラダラと過ごしていたのです。

けれど家にいても、頭の中からK君の存在はひとときも消えることはありませんでした。

夏休みが過ぎ2学期が明け、何がきっかけとなったのか全く思い出せないのですが、私はビクビクしながらも学校に行くことを再開しました。

その辺りの記憶が全く無いのは、毎日必死だったからでしょうか。

このままではダメだと自分で思い切ったのか、それとも先生に促されたのか。病気は治ったと診断がくだったのかもしれません。私はうまく本当の理由を隠していましたから、両親は私がいじめに遭っているなどとは思いもしなかったでしょう。

たとえ両親がいじめのことを知ったとしても、私の味方にはなってもらえなかったのは確かです。

小学校の間はK君の存在に怯えた日が続いたと思いますが、6年生から違うクラブに変更し、何とかやり過ごしていました。

転機は中学校に進学した時にやってきました。

運動場に貼り出されたクラスの名前の一覧に、K君の名前があるではありませんか。しかも教室に入ると、なんと私と隣どうしの席でした。

それを知った途端、心臓が縮むような気がしましたが、もう怖がっている場合ではないと私は腹を括りました。

こんな偶然に進学した先で席が隣になるなんて、神様がきっと私に勇気を出せと伝えているのだとすら思いました。

私は怯えることにもすっかり疲れていましたし、新しい環境に移ったというタイミングの力も借りて、怖がることをやめました。

逆に自分から積極的にK君に話しかけたりするうちに、いじめられていた頃の関係性はやがて薄れていきました。

もちろん私の心の底にはその苦い記憶は消えることなく沈殿していますが、それが日々私を苦しめることは無くなりました。

今思えば、進学先で同じクラスにならなかったら、私はずっとK君に対して怯え続けただろうと思うのです。

人が怖い、自分はみっともなく情けない存在なのだと悲観し続けたでしょう。

経験のない方には大袈裟に聞こえるかもしれませんが、いじめられている最中は身も心も恐怖の感情に支配されているのです。

今苦しんでいるあなたへ

普段は忘れていますが、40年経った今思い起こしても、やはりいい気はしません。

中学進学時に同じクラスの隣の席になり、K君に正面から向き合わざるを得ない状況になったことで、私は地獄のような期間を終わらせることができました。

もし、また隣のクラスだとか距離があれば、私はKくんから逃げ続けたでしょう。そしてさらにいじめがエスカレートしたかもしれません。

かなりの勇気が要りますが、自分から相手に飛び込んでみるのも解決方法のひとつなのです。

嫌なアイツが目の前にいても顔を背けることなく、胸を張って正面から顔を見てやりましょう。不思議なことに逃げているよりは遥かに関係性が良い方向に向かいます。

その体験をして大人になった私は、苦手だと直感した相手に出会うと、意識して自分から積極的にコミュニケーションをとることにしています。

子ども時代のいじめは、恨みやマウンティングではなく、単に「相手の反応が面白い」という感情に動かされているのではないでしょうか。

敏感に反応してしまう素直な子が、ターゲットになりやすいとも言えるでしょう。

いじめてくる相手は罪の意識もなく、こちらの反応をただ楽しんでいるに過ぎないのです。相手に楽しみを与える義理はありません。

かつての私と同じように、いじめられている自分が情けなく恥ずかしいから誰にも悩みを打ち明けられない人もいるでしょう。

でも、本当に情けなく恥ずかしいのはあなたではなくいじめている張本人です。

当時の私にはそれができなかったのですが、勇気を出して誰か一人にでも相談する事ができれば、苦しみは随分減るのではないかなと思います。

ネガティブな気持ちを全くのひとりで抱え込むことは簡単なことではありませんから。

さて、何故あんなひどい意地悪をしたのか純粋に本人に聞いてみたいですが、消息も分かりませんし、きっとK君はそのこと自体、ひとかけらも覚えていないと思うんですよね…。

そんな感じで時の経過が全てを流していくのでしょう。

コメント