ためこみ症

モノを捨てる恐怖〜捨てられない心理|ためこみ症の夫

モノが残されたベランダ ためこみ症
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モノを捨てる恐怖〜捨てられない心理について

このブログを書き始めてから4度目の夏を迎えようとしています。

先日夫が初めて大量のモノを処分するという出来事がありました。

私と結婚して30年近く経ちますが、そんな事は初めてです。

今回はその出来事について、また私がどう感じたかを日記的に書いておきたいと思います。

片付ける以前のベランダの様子はこちらの記事から↓↓

片付けの予告

ずっと読んでくださっている方にはお分かりいただけると思うのですが、我が家のベランダは恐ろしいほどの量のモノで溢れかえっていました。

そのため、私は洗濯物をベランダに干す場所がほとんど無く日々困っていましたが仕方がないと諦めていたのです。

今年の3月初めごろに突然夫から「業者に頼んでベランダのモノを全部処分して綺麗にしてもらうからな」と告げられました。

私たちはここ数年言葉どころか挨拶すら交わさない状態になっていますので突然話しかけられたことにびっくりしながら、片付けるという内容に対して私は「はいわかりました」としか答えませんでした。

ずいぶん昔には私から夫に片付けて欲しいと言ったものですが、ここ10年ほどは「片付ける」というワードがNGワードと言ってもいいくらいだったのです。

片付けることを望めば望むほど私は絶望を感じましたしいつしか口に出すことも苦痛になったのでした。

ですが今回は夫から「片付ける」というワードが出たのです。

夫は人に気を遣ってウソを言う事はないので、ほんとに処分する気なのかなと思いましたが半信半疑のまま2ヶ月が過ぎようとしていました。

全部捨てられない心理

そしてつい先日のこと。

夕方仕事から帰ってみるとベランダはずいぶんすっきりした様子でした。

想定内ではありましたが、やはり綺麗さっぱりとは捨てられなかったようです。

ベランダに残された不要なモノが詰め込まれたキャビネット

残されたキャビネットには不要なモノが詰まっている

写真を見ていただければわかると思うのですが、残されているモノは決して大事なモノではありません。

使い物にならないモノが詰め込まれたキャビネットがいくつか残され、その横に自分が座るために用意したのでしょう、アウトドア用の折りたたみチェアが置かれています。

しばしベランダを無言で見た後私はいつも通り家事に取り掛かりました。

特に夫は私の反応を期待したわけではないでしょうし、私も以前のようにわざとらしく喜んで見せる事はしませんでした。

全部捨てられない心理は何だろう?

少しだけ残されたモノを拠点としてまた新たにモノが増えていくだろうと思いながら夕食の野菜を切り刻んでいました。

モノを捨てる恐怖について

モノが残されたベランダ

後の拠点となるであろうモノは残された。

初めて夫が自ら処分はしたものの、不要なモノが詰まったキャビネットがいくつか残されました。

夫は何故全部捨てられなかったのか?

これこそが「ためこみ症」である夫の特徴の表れなのかもしれません。

今回はベランダという限られたスペースでの話になりますが、夫は空間を埋めている全てを捨ててしまうのが怖いのです。

ベランダのモノはかなり減ったけれど馴染みのあるガラクタを置く事で安心を得ているのでしょう。

そうそう、ベランダから寝室に移動したのか3階の寝室のモノの山が巨大化したように思います。

夫は私が気づかないと思っているのでしょうが、私は毎日チラチラとあちこちのモノの増え具合をチェックしていますからね。笑

これはやはり病気なのだと改めて実感しました。

普通の人が片付けてすっきりするという感覚は夫にすれば恐怖に近い不安…モノを失う事は恐怖だと言っていいのかもしれません。

目に見えてそこにモノが存在しているという事実に安心感を得ているのでしょう。

人の気持ちなど目に見えず存在しているか確証が持てないものに対しては信用したり安心することができないのだと思います。

寝室にもモノが溜め込まれている

寝室にはベランダなど他の場所から移動してきたモノの山が。

変えられること、変えられないこと

それにしても相当な量のモノを処分した事は確かです。

不安感もありながらも大量にモノを処分してくれたことに対して私はもっと感謝しなければいけないのかもしれませんが、私の気持ちは静かで何も動きませんでした。

今のように気持ちが冷めきっていなかったもっと以前にこの出来事が起きていれば私は本心から喜んだでしょう。

それにしてもどうして急にそんな行動に出たのか考えると、先の年末年始に離婚したいと子どもたちに初めて深刻に打ち明けたので3人の息子のうちの誰かが「このままではお母さんは出ていくよ」と夫に伝えてくれたのかもしれません。

数年前の私だったら、少しでも夫が片付ける気配を見せたら過剰に喜び、その調子で片付けて欲しいと可愛く言ったと思います。

夫に感謝の気持ちを伝えるという作戦ですね。笑

この作戦は片付けること以外に関しても、つい最近まで長年続けられましたが効果があったと感じた事は一度もありませんでした。

何故なら夫は相手の気持ちや感情を想像することができないのです。喜びを伝えても「じゃあもっと片付けようか」とはならないことを私は重々知っているのです。

そもそも「相手を喜ばせてあげたい」という気持ちがないと効果はないですからね。笑

片付ける事と並んで私は夫と気持ちのやりとりをすることを諦めてしまいました。

心が通ったと感じたことが今まであっただろうかと振り返ると虚無感に襲われることが時々あります。

それは私にとって大量のゴミが溜め込まれていることよりも悲しく重大な問題に思われます。

いえいえ、私に変えられないことや過ぎたことを考えるのはよしましょう。もっと建設的にこれからのことを考えねば…。

変えられることは何か?変えられないことは何か?

毎日考えている今日この頃の私です。



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