生き方・メンタル

日々思うこと

いくつになっても苦手なことに触れてみる

昔苦手だったことにふと興味を持ち好きになることがあります。それはずっとケンカをして遠ざかっていた人と、再び仲良くなるというような喜びの感覚です。二つの出来事から私は自分の変化に気づきました。
日々思うこと

大人になってもいじめる人の心の空洞

50歳にもなろうとした頃に、新しく入った職場の同じ年頃の女性からいじめ(嫌がらせ)を受けました。その経験は他人に不快感を与えていないかと自分も振り返る良い機会になりました。
日々思うこと

子ども時代のいじめの恐怖体験

これまで誰にも打ち明けたことのない、子ども時代のいじめられた体験。その体験を元に、大人になった私は苦手だと感じる相手には、ある行動をとっています。
日々思うこと

いつもこころにユーモアを

人生の中で苦境に立った時、ユーモア精神を忘れずにいれば、苦しみを和らげる事ができると私は感じています。辛い時こそ、笑っていようと心がけています。
日々思うこと

ささいな事が決められない|50代 私の変化

些細なことが決められなくなったと感じる、50代の私の今日この頃。迷って迷って、結局何もできなかった…ということが一番ダメだなあと感じています。大きな決断をすべきかどうか迷い続ける私ですが、まずは小さな決断をすることから始めたいと考えています。
日々思うこと

しあわせな人ほど愚痴を言う

愚痴で盛り上がる主婦たちの会話を聞きながら思うのは、愚痴に聞こえる会話も、実は家族のほのぼのとした話なんだなということ。幸せな人は不満を溜め込まない、素直な人。自己主張が上手なのでしょう。深い闇を抱える私はただにこにこと聞き手に徹してします
日々思うこと

怒りの感情について|怒りの反対にあるもの

怒りの反対にある感情はなんだろう?幼い頃から私に欠けていたのは怒りの感情であり、その代わりに身につけてきたのは諦めることでした。怒るべきときに怒り、諦めるべきときには諦めることができる…それが理想かなと考える今日この頃です。
日々思うこと

潜在意識の中の過剰な責任感

責任感は無いよりはあった方がもちろん良いのですが、過剰にありすぎるのは何でも良く無い結果を生むものです。もう少し「いい加減」に生きたい私が責任感について考えてみました。
日々思うこと

しあわせの傍観者|すみっこから見た家族の風景

孤独な私は幸せそうな家族の光景を隅っこからこっそり観察しています。ひがんでいるわけでもありませんし、羨ましがっているわけでもありません。私はただただBGMを聴くような感覚で人々の光景を傍観しています。
日々思うこと

卒業するあなたへ 心に残るK先生からのメッセージ

今だに心の中の宝物になっているのは、小学校卒業式の日のK先生からのメッセージでした。純粋な子どもの頃に受け取った言葉はすとんと心におちて、命の大切さを教えてくれています。40年が経った今でも、その重みは変わりません。K先生に感謝を込めて。