日々思うこと

善い人でなくていい|自分を好きになろう

マーガレットの花 日々思うこと
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善い人でなくてもいい

常に「善い人」でなければいけないと気負って生きてきた私は結婚してから深く長い悩みの中に身を置くことで少しずつ考え方が変化してきました。

はじめに私の背景をお話ししますと、約25年前に私が結婚した相手である夫は「ためこみ症」という心の病気の持ち主でした。

そのため我が家は生活のスペースをほとんど失っており、これまでずっと家族の深い悩みとなっています。

また夫は相手の感情を理解する事が非常に苦手であり、私の怒りや悲しみも不思議そうに眺めているだけなのです。

それらの事で長年悩み続けてきた私ですが、夫に対して責める気持ちばかりがあるわけではありません。

3年ほど前にためこみ症という病気の記事を見つけるまでは腹立たしさもあったのですが、これは間違いなく病気だと知ってからは諦めの気持ちの方が大きくなりました。

それは「何か問題が起きれば努力次第で必ず解決できるはずだ」と信じていた私にとって初めて知った絶望的な諦めでした。

わたしの生い立ち

私は1969年に生まれました。ひとつ年上の兄と3つ年下の弟がいます。

両親、とくに母親は子どもを可愛がるというよりは、正しく育てなければいけないという責任感の方が大きかったと思います。

父親は仕事が忙しく時々は遊んでもらえましたが、殆ど育児は母親に任せられていました。その年代ではそのようなケースが多いのではないでしょうか。

兄は元々おっとりとして大人しい性格なのですが長男ということでとても厳しく育てられました。

その反動だと私は思うのですが大人になってから一時は行方不明になってしまい10年ほど家族と連絡が取れない時期がありました。(今現在は良好な繋がりがあります)

弟は末っ子ということもあり、兄弟の中では一番に可愛がってもらっていたと思います。

真ん中の私はちょうど両親の気持ちが向きにくいのでしょう。幼い頃から「しっかりしなくては。いい子でいなければ。」と誰に言われる事もなくそう感じていました。

甘えたい時にも甘えられず、何かを頑張ってもあまり見てもらえず、褒めてもらえたこともゼロに等しいほどでした。

7人兄弟の一番上に生まれた私の母は小さな頃から母親がわりに弟妹の世話をして大きくなっています。

母自身も親に甘えたことなどなく気を張ったまま大人になったからでしょう。

知らず知らずの間に私は人に上手に甘えられない(だけどほんとは甘えたい)褒めてもらっても素直に喜べない(だけど自分を認めて欲しい)意見を言いたい(でも我慢してしまう)というような矛盾のある性格をもって大人になってきたようです。



私の味方でいて欲しかった

母は周りの人のためなら、いえ、波風を立てないためなら自分の犠牲はいとわないという性格です。

その考えを私たち子どもに強要し、何かトラブルが起きると、とりあえず私が謝り丸く収めるように厳しく言われます。自分の立場の主張は認めてくれません。

困ったことが起きた時相談しても必ず母から「それはあなたが悪い」と言われ、自己主張すると必ず非難され封じ込められるのでした。

母親にしたらトラブルを大きくしない事が私のためだと思っていたのかもしれません。

他の方はどうなのか分かりませんが、私は子どもの頃は両親を神様のように偉いと信じていました。

正直さと頑固さ、周りの人に対しての責任感の強さ、そんな母の姿は現在も変わっておらず、到底私にはマネのできない持って生まれた気質なのだと思います。

そんなふうに育った私は、何か周りでトラブルがおきると自分に責任があるのでは無いかと感じるようになり、上手に自己主張できない大人になりました。

両親にはいつでも私の味方でいてくれる心強い存在でいて欲しいという事が幼かった私の願いだったのだと今この歳になってわかりました。

わたしは誰かに甘えたかった

これまで私はいろんなことに挑戦し自分なりに自信をつけてきました。

ですがその反面親に甘えられなかった私は心の底ではいつも誰かに甘えたかったという思いが残っています。

甘えたい気持ちがある上に若さゆえの思い込みも激しく、お付き合いする相手に自分の理想を勝手にはめ込んでいました。

13歳年上の夫は一見包容力があるように見えましたし私の「甘えたい」という単純な気持ちが強く、本当の彼の姿を私は見ようともしなかったのです。

今だからわかるのですが、その頃から私と夫の間に共感や感情のやりとりは存在しませんでした。

私は自分に都合の良い解釈しかしようとしませんでしたしそこに何かの問題が横たわっていても気づかないのです。

どんな相手の態度からも自分に都合の良いようにしか取れない私でした。

「誰かに甘えたかった。」それが夫を選んだ大きな理由だと思います。

私は自分の理想の相手を勝手に描き、それを夫に当てはめていたのです。

わたしは傲慢だった

出会った頃にはすでに夫のためこみは重症でしたので、もちろん私のせいで病気が発症したわけでもないのです。

初めに夫の家の中の大量のモノを見たとき私はそれらは不要なものとみなして片付ければ済む話だと何とも思わなかったのです。

彼にとって切り離すことのできない心の問題だとは全く気づきませんでした。

ですが、もしためこみ症という病気があると当時に解っていても「私にはそれを治す力がある」とおかしな正義感から結婚したかもしれません。

私は自分が望む通りの夫や家庭を勝手に想像し、実現することに微塵も疑いませんでした。

年上の夫に勝手に自分の理想を押し付け、結婚したのです。

それらのことは年月を経て悩みを積み重ね、私自身を振り返ってみて思うことです。

私は若く、傲慢だったと認めざるを得ません。

自分を好きになる

花を持つ女性

考えてみれば私は自分のことをあまり愛せないまま大人になったのだと思います。

親から認められ、愛された実感を持てない人は中々自分のことを好きになれないのではないでしょうか。

ですが結婚し悩みの多い日々を過ごしたことで、長い年月をかけて私は自分を好きになる事ができました。

そのために私はこのような苦難に満ちた結婚を選んだのかも知れません。

自分が悩んだ経験から他の人の悩みや苦しみに共感したり物事を深く考えられる様になれたからでしょうか。

子育てを経て両親への感謝の思いが増したこともあるのでしょう。母の厳しさは彼女なりの愛情だったのだと今は思えるようになったからかもしれません。

そして一番に思うのは善い人を演じているようでは自分を好きになれない事です。

いつも正しく善い人でなければならないという母の教えは私には当てはまらないようです。

自分のことを好きになるには少しくらいの悪も必要です。

心の中でなら誰かに悪態をつくことも構わないし、いつもいつも「善い妻」「善い母」「善い人間」でなくてもいいじゃないかと思えるようになりました。

それはまた、子どもの頃から縛られてきた「〇〇でなければいけない」という囚われた考えからの開放でもありました。

もし私がこのような悩みの多い環境で暮らしていなければ、私はいまだにその呪縛から逃れることはできなかったのかもしれません。

そうしていろいろなことを乗り越えてきた今の自分が一番好きなのではないかなと思います。

ひょっとしたらこの苦い結婚で、神様は私に自分を変える機会を下さったのかも知れません。

これからもモノをためこむ夫に心の中で毒づきながら、そんな自分を責めずに受け入れながら、心に折り合いをつけて私は暮らしていくのだと思います。

 

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