「ためこみ症」母からの遺伝と夫の孤独について
ため込み症の夫は数年前に亡くなった義母と姿も似ていますが内面もよく似ています。
- 人の感情を読み取ることが難しく、自分の発言で相手が不快な思いをしていても気がつかない。(もしくは気にしない)
- 人の内面より職業、出生地、学歴などのデータに関心がある。
- 自分にも影響が及ぶこと以外は家族のことも無関心。
- 使わないカバンや服などをためこむ「ため込み症」。
良い面も探してみました。
- 几帳面。(何でもノートに記録している)
- 良くいえば金銭管理がきっちりしている。(ケチ)
- 気に障ることがなければ感情の起伏はあまりない。
- 浅い付き合いの人に対しては愛想が良い。
義母が亡くなって数年経ちますが、今だに姑と夫の似ている点を発見して驚く事があります。
性格も似ていますが持病も同じで体質も似ているのだと思います。
今回はこの義母から夫へ遺伝された性質とそのために生み出された夫の孤独について改めて考えてみました。

部屋入り口までモノを詰めるため込み症の夫の行動は義母から遺伝したのか
人の不幸は蜜の味…?他人の失敗を笑う親子
モノに埋もれたリビングではため込み症の夫がテレビでプロ野球の試合を観ています。
野球を観ているというよりは実況を聞きながらタブレットで歌番組の動画を流し、スマホで日本史の話を聞くという具合ですからどのくらい本気で見ているかはわかりません。
野球の試合中に選手がエラーしたのを見て夫が突然大きな笑い声をあげます。
集中して見ているわけでもないのに、そんな時だけ反応して笑うのは悪気はないのかもしれませんが私は不快なのです。
それは義母も同じで、高校野球を一緒に見ていた時、選手がエラーをする場面を見て手を叩いて笑うのです。
人の不幸は蜜の味…といいますがそんな感覚なのかしら…そんな笑い声を聞くと嫌で嫌で私は影でこっそり顔をしかめていました。
誰かの噂話をしていても「そんなことで私は笑えない」と思うところで姑と夫は楽しそうに笑うのでした。
でもまあ楽しみ方は人それぞれですからこのくらいは価値観の違い?と捉えるべきなのでしょうか。そんな時には無心で他のことに気を向けて私は気持ちを切り替えるようにしています。
想像力が欠如しているため込み症の親子
ため込み症の夫と長年暮らして感じるのは「夫は相手の感情が理解できない」ということです。
それはつまり相手の気持ちを表情や言葉から想像できないということです。
例えば私が何かにひどく悩んでいて夫に相談したとしても、まず最後までその話をじっくり聞くことができませんし辛い気持ちに共感してくれた事は一度もありません。
これは義母も全く同じで、親子共に想像力が欠如しているために相手の感情がわからないのでしょう、そこに意地悪さなどはありません。
これは残りわずかな命の知り合いが病院に入院している時に義母と一緒にお見舞いに行った時の話です。
本当は私だけでお見舞いに行きたかったのですが「連れて行って」と義母も同行したのでした。
その方は目は閉じられもう話すことも体も動かすこともできませんが耳だけは聞こえているようです。
ベッドの横に座り義母はいろいろな話をし続けています。
はじめは芸能人の話や自分の親戚の話をしていましたが、そのうちに昔知人が自殺したという話をし始めました。
「松の木に首をくくってねえ…」と、まるで面白い話でもするように話しているのです。
私は驚いて、「早くその話をやめさせなければ」と必死で他の話題に切り替えましたが焦っている私の気持ちにも姑はまるで気付きません。
その方はその数週間後に静かに息を引きとられましたがその時の雰囲気を思い出す度に申し訳なさを感じ「義母を連れていかなければよかった」と後悔しています。
残りわずかな時間を過ごしている方にそんな話をするなんて今だに私には姑の気持ちが理解できませんが、自分が興味のあることを話したかっただけなのでしょう。
人の不幸や失敗する場面は想像力を必要としませんし単純に興味を惹かれているのだと思います。
夫のためこみ症は母からの遺伝?
義母の食卓テーブルは我が家のリビングテーブルと同じくたくさんのモノが山積みになっていました。
そしてやはり服やバッグが部屋にたくさんあり、使われないまま壁にたくさん吊るされていました。
ひとつのフックに5つも6つもバッグがぶら下がる様子は夫がすることとまるで同じです。

カバンが吊り下げられる光景は義母の家と同じである
包装紙や紙袋、お店でもらった割り箸なども大量に台所の棚に溜め込まれていました。
そして広い応接間も見たところソファや家電製品などがゴロゴロと散乱していて部屋に入ることができませんでした。
部屋の入り口まで全く使う予定のないモノばかりを詰め込んでいることは夫と同じです。
シャンデリアが台無しだなあと呆れた気持ちで眺めたことを今でも覚えています。
その頃は「ためこみ症」という病気を知らなかったので、義母の家の様子と夫の作り出す状況とが重なることに私はただただ不気味さを感じていました。
育った環境が物の多い家だったから後天的に夫も同じになったのか、先天的に母の性質を受け継いだのか?どちらだろうと考えると、根拠はないのですが先天的な性質によるもの…つまり母からの遺伝ではないかと私は感じています。
ため込み症の遺伝と夫の孤独について
私は専門家ではありませんので詳しいことは分かりません。
ですが多くの性質が義母から夫に遺伝していることは確実です。
もし仮に生まれてすぐに全く違う家で違う人に夫が育てられたとしたら今のように物を溜め込んだでしょうか?
私の勝手な憶測ではためこみの素質は遺伝していたとしても幼い頃から周りが注意したり行動を阻止すればある程度は防げたのではと思います。
義母も夫も想像力が欠如している点についても遺伝が考えられるのでしょうか?それとも育てた母親が手本となり、だんだんと夫もそうなっていったのでしょうか?
脳の機能の問題なのかしらとも思えます。
例えば方向音痴などと同じように、人の気持ちを理解することが苦手だというような。
もしそうなら、方向音痴の人が地図に慣れたり経験を積む事で少し改善されるように、人の気持ちを想像し理解できるように改善策があったのではないでしょうか。
もしもっと感情豊かな思いやりのある母親に育てられていたら夫の相手を思いやるための想像力は育ったのでしょうか?
義母と夫の会話は親戚の噂話や芸能界やテレビの中の話ばかりで、どのようなコミニュケーションをとりながら今に至ったのか全く想像できません。
夫は「母親に世話を焼いてもらったことがない」といいますがそれはある意味本当なのでしょう。
この似たもの親子の間にはお互いの気持ちを想像することもなかったでしょうし心情的な関係を深めることもできなかったと思います。
そう思うと夫はやはり孤独な育ち方をしてきたのでしょうし、さらにその性質が自らを孤独にしているのでしょう。
分かり合えることもない夫と暮らしていくのはとても辛いですが、私が選んだ人生ですものね…。
こうして冷静にいろいろ分析していると「仕方がない」と割り切れる…ような気がします。笑
コメント
こんにちは、我が家は妻がため込み症でまったく同じ症状ですね。
妻の実家もゴミ屋敷ですし、片づけようと提案しても激しく抵抗します。
同じようにすごく悩みましたが
子供2名も結婚して家をでたこともあり
定年を機会に別居しました。
そのまま同居していたらきっと気がおかしくなったと思います。
本人は物に囲まれた生活が快適なのでしょうね。
こちらのブログでいままで理解できなかったため込む人の考え方が整理できました。
現在妻一人で住んでいる一戸建ては同居人がいなくなったことで
ゴミ屋敷がさらにエスカレートしているようです。
おそらく妻が亡くなってから子供たちが業者に依頼しての処分になると思います。
なにか良い方法がないかと何度も話しましたが諦めが悪かったのでしょうね。
ようやくあきらめて別々の生活をすることでふっ切れた気がします。
同じように悩んでいる人の励みになりますので引き続きブログ頑張ってください。
コメントありがとうございます。同じような経験をされたということで、その中での子育てや奥様と別居するに至られるまでの過程では大変困難な思いをされたことと思います。このためこみ症という病気は当の本人は苦痛がないために非常に厄介だとひしひしと感じています。心細さと自分の気持ちを整理するために書き始めたブログですが悩んでいらっしゃる方の励みに少しでもなるのであれば幸いです。なにせ人にわかってもらい辛く孤独に陥りやすい悩みです。今後どうなってゆくのかは私にも解りませんが冷静に何とか正気を保ちつつ状況に対応していくつもりです。コメントをいただき私自身もとても勇気をいただきました。ありがとうございました。