鬱にさよなら 楽に生きるコツ
明るく悩みなどないように見られる私ですが、約20年ほど前に鬱になる経験をしました。
長い人生、誰にでもそのような鬱の時期は訪れるものなのでしょうか?
誰も私を助けてはくれませんでしたが、何よりも私が誰にも助けてほしいと言えなかったのです。
私のキャパシティを超えたさまざまな難問を真面目に捉えすぎたのでしょう。![]()
眠れない日々
ひとり悩む日々が8年ほど過ぎた頃、私はとうとう眠れなくなってしまいました。
子どもたちを寝かしつけると、それはまるでルーティンのように悲しくなり、朝まで一人で涙を流しているのです。
何日も寝ないということは無いでしょうから、実際には途中でうとうとと眠っているのに違いありませんが、実感としては毎日全く眠れないというものでした。
それでも子ども達の前では「明るい母親でなければいけない」という思いから、何とか笑顔を作って過ごしていました。
周囲の人には私の病んだ部分を見せたくない思いもあり、悩みの原因でもある夫もまた、私の病んだ部分を見ないようにしているようでした。
布団の中で泣いて泣いて気づけば朝日で外は明るくなってきます。そんな毎日が1年ほど続きました。
孤独な毎日
大泣きしながら夫に訴えたことも数回ありましたが、夫は苦笑いするばかりで自分の部屋に閉じこもってしまうのでした。
今振り返れば、幼い子を持つ母は孤独を感じ得ない立場だと思います。
私の場合、結婚と同時に12歳の男の子の母にもなり、頼りになると信じていた夫が我が子に全く無関心なことに絶望を感じていたのです。
社会から切り離された様に感じ、夫には伝わらず、友人にもうまく相談できず、どうしたら良いのか途方に暮れていました。
人生のどん底にいるのだ
そうなってくるとどんどん心がダメになる様な気がしました。
もはや、何が原因でこんな気持ちになるのか自分でもわからなくなり、ただただ辛いのです。
それは、底のない沼にずるずると沈んでいくような、這い上がることができない感覚でした。
悲しくて泣いているのですが、具体的にどうしたら良いのか、何が悲しいのか、どうすれば良いのかなど建設的な事が全く考えられません。
ただただ心が空っぽのまま悲しくて仕方ないのでした。
そんな自分をどうしたら良いのか分からず、心療内科に通い安定剤と睡眠薬を飲む日が続きました。
ざらざらした、コンクリートの床のようにひんやりとした手触りが本当に感じられるほど、今私は人生の中のどん底にいるのだと感じたことを覚えています。
結局、鬱にさせるのは自分
心療内科でもらった薬はあまり効きませんでしたが、もっとキツい薬を飲むのも嫌でした。
そんなある日、夫側の親戚から電話がありました。
それは意地悪な義母が私の悪口、本当ではない話を親戚中に言いふらしたようで、それを聞いた人からの電話でした。
普段は反論することもなく聞いている私でしたが、あまりにも腹が立ったので泣き喚いて反論し、ガチャンと受話器を投げるように切ったのでした。
そんなふうに自分の怒りを表せたのは初めての経験でした。
「相手を責めてはいけない、自己主張してはいけない」
そんなふうに育てられた私でしたが、この時初めて自分の怒りを表せたことに満足し、スッキリしたのです。
そのことがきっかけになったのか、私はだんだんこのままの自分ではいけないと思う様になりました。
怒りや感情を自分の中に閉じ込めずに、相手に伝える事が必要だと分かった気がしました。
誰かのせいにしたくなりますが、鬱にさせたのは、怒りなどの自分の本心から目を背け続けてきた私だったと思うのです。
鬱にさよなら 楽に生きるコツ
子どもの頃から「悪いことが起きたらそれはあなたが悪い」としつけられ、周囲に波風が立たないようにとばかり気にしてきた私。
「いつも善い人でいなければいけない」という、小さい頃からのすりこみは中々薄れません。
私は人に責任転嫁する人にはなりたくありませんが、悪くないことまで自分が悪いと思ったりしない方がいいと今は考えています。
「いい妻でなければならない」
「いい嫁でなければならない」
「いい母親でなければならない」
「常に我慢しなければならない」
などなど、「〜なければならない」という考えは常に私を縛ってきました。
ですが、今は「〜しよう」という考え方に自分の中で変換するように心がけています。
また、私は必要以上に一生懸命になりすぎるのです。
早く結果を出さねば、というせっかちな面があるのでしょう。
一生懸命にやっても、うまくいかないこともあるのだという「諦め」は年齢を重ねて身に付くものなのかもしれません。
性格はなかなか変えることはできませんが、自分の性格を知ることは大事です。
今では「極悪人を目指している」と宣言して、友人から笑われたりしています。
私に抜け落ちていたものは、自分を大切にするというシンプルなものでした。
心の中に湧いてきた感情を素直に受け止め、「〜でなければならない」という枠を捨ててしまうことで楽に生きられるようになりました。
怒りの感情は特に、一人で抱えていてはいけません。
ストレートに表現して相手と対立する必要はありませんが、湾曲してでも自分の感情は素直に伝えるべきでしょう。
なにより、自分の中で感情を打ち消してはいけないのでしょうね。
そんなふうに思えるようになったのは、鬱になったおかげです。

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