眠れなかった日々|ウツにさせるのは自分
今から約20年ほど前になりますが、私は鬱病になりました。
自分でどうしようもない問題をひとりで抱え込み、身動きが取れない状態が続いたせいでしょうか。
「まあいっか」と簡単に思えない問題。私の場合は夫の問題について毎日頭を悩ませていたのです。
夫は「ためこみ症」という病気で、我が家はモノに埋もれていて過酷な状況で、解決することが困難でした。
この家で暮らし、子どもを育てていく事は簡単ではありません。
毎日毎日、一人で戦っているのです。だれも私を助けてはくれませんでしたが、何よりも私が誰にも助けてほしいと言えなかったのです。
その上に、夫が私や子どもたちに無関心であることが、さらに私を悩ませました。
それ以外にも自分ではどうすることもできない色々な要因が重なり、私は徐々に自分を見失っていったのです。
私のキャパシティを超えたさまざまな難問を真面目に捉えすぎたのでしょう。![]()
眠れない日々
そんな日々が8年ほど過ぎた頃、私はとうとう眠れなくなってしまいました。
朝が来るまで一人で涙を流しているのです。
何日も寝ないということは無いでしょうから、実際には途中でうとうとと眠っているのに違いありませんが、実感としては毎日全く眠れないというものでした。
それでも子ども達の前では「明るい母親でなければいけない」という思いから、何とか笑顔を作って過ごしていました。
夜になり子ども達を寝かしつけ、家事を片付ける間にももう涙が出始めるのですが、夫は全く無関心です。
布団の中で泣いて泣いて気づけば朝日で外は明るくなってきます。そんな毎日が1年ほど続きました。
そばにいる夫は無関心だった
私の悩みや苦しみについて、大泣きしながら夫に訴えたことも数回ありましたが、夫は苦笑いするばかりで自分の部屋に閉じこもってしまうのでした。
夫は自分の時間や生活を崩されたくない人で、その頃は買ったばかりのパソコン作業に夢中で、自分の部屋に篭っていました。
社会から切り離された様に感じ、夫には伝わらず、友人にもうまく相談できず、どうしたら良いのか途方に暮れていました。
私は孤独をひしひしと感じました。
今私は、人生のどん底にいるのだ
そうなってくるとどんどん心がダメになる様な気がしました。
もはや、何が原因でこんな気持ちになるのかすら自分でもわからなくなり、ただただ辛いのです。
それは、底のない沼にずるずると沈んでいくようなゆっくりとした、這い上がることのできない感覚でした。
悲しくて泣いているのですが、具体的にどうしたら良いのか、何が悲しいのか、など建設的な事が全く考えられません。
ただただ心が空っぽのまま悲しくて仕方ないのでした。
そんな自分をどうしたら良いのか分からず、心療内科に通い安定剤と睡眠薬を飲む日が続きました。
コンクリートのようなざらざらした、ひんやりとした手触りが本当に感じられるほど、今私は人生の中のどん底にいるのだと感じ、その頃の感覚は今も鮮明に覚えています。
結局、鬱にさせるのは自分
心療内科でもらった薬はあまり効きませんでしたが、もっとキツい薬を飲むのも嫌でした。
そんなある日、夫側の親戚から電話がありました。
それは意地悪な義母が私の悪口、本当ではない話を親戚中に言いふらしたようで、それを聞いた人からの電話でした。
普段は反論することもなく聞いている私でしたが、あまりにも腹が立ったので泣き喚いて反論し、ガチャンと受話器を投げるように切ったのでした。
そんなふうに自分の怒りを表せたのは初めての経験でした。
「相手を責めてはいけない、自己主張してはいけない」
そんなふうに育てられた私でしたが、この時初めて自分の怒りを表せたことに満足し、スッキリしたのです。
そのことがきっかけになったのか、私はだんだんこのままの自分ではいけないと思う様になりました。
怒りや感情を自分の中に閉じ込めずに、相手に伝える事が必要だと分かった気がしました。
もっと自分を出してもいいのだ。そう思えるようになると気持ちが楽になりました。
毎日泣き続けた日々はいつの間にか忙しさのうちに消えていき、どん底から這い上がった自分がそこに居ました。
誰かのせいにしたくなりますが、鬱にさせたのは自分だと私は自覚しました。
私の性格的な要因
子どもの頃から「悪いことが起きたらそれはあなたが悪い」としつけられ、周りを責める気持ちを悪のように思っていました。
「いつも善い人でいなければいけない」という、小さい頃からのすりこみは中々薄れません。
私は人に責任転嫁する人にはなりたくありませんが、自分の主張は出来た方がいいと今は考えています。
「いい妻でなければならない」
「いい嫁でなければならない」
「いい母親でなければならない」
「常に我慢しなければならない」
などなど、「〜なければならない」という考えは常に私を縛ってきました。
頑張り屋で常に真面目に人に優しく。
これらが私を常に疲れさせました。
また、私は何かやらなければならない事がある時、一生懸命になりすぎるのです。
それらは私を鬱に追い込んだ性格的な要因だと思います。
性格はなかなか変えることはできませんが、自分の性格を知ることは大事です。
そして我慢などせずに、自分の意思を相手に伝えることも大事です。
私は善い人であることをやめました。
そして口には出せなくても「あなたが悪い」と思う自分を許せる様になっただけで、生きることが楽になりました。
今では友人に「極悪人を目指している」と宣言して笑われたりしています。
私に抜け落ちていたものは、自分を大切にするというシンプルなものでした。
誰のせいでもなく自分の中にウツの要因があったのです。じっくり自分と向き合えたのは鬱になったおかげかもしれません。

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